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【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

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「まだご飯を食べていない」とケンカになる~介護体験談Nさん2

2017年8月7日

祖母が認知症だと気づいてからは、できるだけ祖母と一緒にいるようにしたというN・Tさん。Nさんがそばにいることで、祖母も落ち着いて過ごせました。ところが、だんだん認知症の症状が重くなってきて……。
今回は、在宅で介護する家族と認知症高齢者との関係を考えさせられるエピソードです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

夜中に手づかみで豆腐を食べていた

image001僕が専門学校の2年生になると、祖母はいつご飯を食べたのかわからなくなってきました。
もう料理ができなくなっていたので、夏休みなどは僕がふたり分作って一緒に食べるのですが、2時間も経たないうちに「昼ご飯を早く出せ!」と言ってきます。
「さっき食べたでしょ!」と言うと、「食べてない、お前が作ってないんだ、早く出せ!」と怒鳴るのです。
「食べた」「食べてない」と押し問答になり、最後には僕が負けて、もう一度作っていました。

 

夕食については、仕事で疲れた母を気遣っているせいか、家族の前では「夕ご飯を食べてない」と言い張ることはないのですが、みんながそれぞれの部屋に戻ったあとに、冷蔵庫を開けるのが習慣になっているようでした。
ある日、僕がキッチンに水を飲みに行くと、冷蔵庫に入っていた豆腐のパックをあけて手づかみで食べていたのです。
「何してんの!?」と取り上げると、「メシ食ってないんだ、腹が減ってるんだ、食べさせろ!!」と、祖母も全力で取り返しに来ます。

 

「認知症なんだ、おばあちゃんのせいじゃない、これは病気がさせているんだ」と自分に言い聞かせていても、がまんすることができませんでした。
祖母を突き飛ばしてから、「アッ!! しまった!!」と後悔しました。床に尻もちをついている祖母。もう90歳なのに、突き飛ばしてしまうなんて。自分は医療職になろうとしているのに、なんてことを……。
後悔で息が苦しくなりました。「ごめんね、ごめんね」と起こしながら謝ると、祖母も「いいんだよ!」と言った後は無口になり、気まずい空気が流れました。
祖母が大好きだった。今も大好きだ。だからこそ、こういう祖母を見るのがつらい。
その夜は、なかなか眠ることができませんでした。

 

その後の祖母の行動は、だんだん理解しがたいものになっていきました。
以前は洗濯物を取り込んだらきれいに畳んでいましたが、畳み方を忘れてしまったのか、部屋中に散乱させる。洋服をどう着るのかもわからなくなってしまい、ズボン下をかぶったり……。
そして、「洗濯機に入って洗ってもらいたい」などと言って入ろうとしたりするのです。
怒ってはいけないと思うのですが、祖母がこんなふうになってしまったことが悲しくて、つい「冗談じゃないよ!」と怒鳴ってしまうのでした。

 

近所の人が「介護保険の申請をしなさい」と

image002祖母の見守りが必要になって3年。僕は精神的に消耗していたし、それは仕事から疲れて帰ってくる母もでした。
祖母は亡くなった父の母親なので、母とは義理の親子関係。だからというわけではないのですが、母は特につらそうでした。
以前は祖母が家事をやってくれていたのに、家に帰ると、仕事で疲れた身体を引きずって、散らかった部屋を片付けるところから始めなければなりません。
そんな母の苦労をよそに、祖母は家にいない母のことを怒鳴り、ののしり、「あんたがいないから息子は大変なんだよ!」などと責めます。
いつしか母は、以前はほとんど飲まなかったお酒を毎晩飲むようになりました。

 

母の飲む量はどんどん増えていきました。
最初は缶ビール1本程度でした。それが2本になり、ビールから日本酒になって。日本酒も最初はおちょこで飲んでいましたが、コップに代わり、最終的には一升瓶をかかえてごくごく飲むようになって……。
ごはんよりお酒で生きているとも思える母をどうしたらいいのか。悩みは深くなるばかりでしたが、友だちにも近所にも相談することはできませんでした。

 

しかし、見ている人は見ているのですね。
祖母の怒鳴り声や、疲れ果てた母を見かねた近所の人が、「介護保険の申請をしなさい」と言って、手続き書類を持ってきてくれました。
「介護保険サービスを使えばもっとラクになる。ひとりで悩んでいなくたっていいのよ」。そう言って近所の人が渡してくれた書類を見て、母は涙しました。

 

はじめて介護保険を申請したのが、僕が専門学校の2年生のとき。要介護度は最初から2でした。僕も母もヘトヘトになるのは当然だな、と思いました。

 

次回は、親戚とのトラブル、在宅での限界についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

N・Tさん(男性 31歳)検査技師
高校生の頃に同居の祖母が87歳で認知症になり、以後11年にわたって介護。専門学校時代は母親がいない時間帯の主介護者となる。社会人になってからも、在宅介護の頃は祖母の見守りや身の回りの世話を行う。祖母はデイサービスや訪問介護サービスを使いながら6年間在宅で過ごし、以後は介護老人保健施設でのショートステイと自宅をいったりきたりする時期を経て、特別養護老人ホームに入居。3年間を過ごし、98歳で亡くなる。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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