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誰も同居できない…骨折した義母と誰が暮らせば?~介護体験談Eさん1

2017年5月8日

E・Iさんの妻の母、つまり義理の母は、83歳のときに骨折してから歩行が上手くいかなくなりました。その頃から、義母はひとりで暮らすことが難しくなってしまったのです。
義母が一人暮らしをする埼玉県と、Eさんの暮らす神奈川県。近いようで遠く、妻は「同居してあげたいけれど…無理にきまっている」とあきらめていました。
Eさんは妻の気持ちを汲みたいのですが、引っ越しをしたら通勤が困難に……。なかなか答えが見出せません。そんな中、Eさんは妙案を思いつくのです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

実家がゴミ屋敷のような状態に、認知症……?

image001私たち夫婦ふたりは、研究者として忙しく暮らしていました。妻の職場は東京、非常勤なので9時から5時で勤務しています。私の職場は横須賀の海のそば。
私のほうが仕事がハードなので、私の職場に近いところ、ということで、横浜に住んでいました。
妻も私も40歳を過ぎての結婚、3年後に子どもが生まれ、当時はまだ5歳です。この子を育てるためにも、研究者として頑張っていこうと、夫婦でいつも話していました。

 

そんな折に、妻の長姉から連絡がありました。「母が骨折してしまって。ひとりで家事をできない状態なの」。
義母は連れ合いを早くに亡くしてから20年、気ままに一人暮らしをしてきました。しかし、今回ばかりは80代という年齢もあって、すぐにもとどおり元気に、とはいきません。
義姉は、実家から車で20分ほどのところに住んでいます。母の様子をいちばんよく見に行ってくれているのは義姉でした。

 

その一報を聞いて、妻と一緒に飛んでいきました。そして驚きました。
骨折した義母のことを驚いたというより、家の、そして本人の荒み具合に驚いたのです。

 

きれい好きだった義母ですが、ほとんど掃除をしていないようでした。家に入ると臭う。雨戸は閉め切りで、じめじめしている。臭うのは、キッチンの片付けが不十分なだけでなく、義母が入浴していないからだといことにも気づきました。

 

あのお義母さんが……。
研究者夫婦の私たちは、子どもが生まれる前は何日も残業続きのことが多く、部屋を片付けるのも週に1度がやっとでした。
そんな生活を見かねた義母は、妻に「あなたがきちんと片付けないと、旦那さんがかわいそうよ。いくら忙しくても、掃除は奥さんが中心になってがんばらなきゃ」とたしなめていたのです。

 

そう言っていた本人の家が、ゴミ屋敷目前の環境に。そして、いつも身ぎれいにし、髪もきれいにセットしていた義母が、入浴もせず、着の身着のままだなんて……。

 

義母の身に何かが起こっているのだろうと思い、パソコンで「ゴミ屋敷 高齢者」と検索してみました。すると、ゴミ屋敷になる原因として、「自己否定をする」「自信のなさの現れ」などいろいろと出てきました。
さらにパソコンをたたいて、手が止まりました。

 

「認知症の場合、片付けられなくなる人は少なくない」

 

まさか……? 認知症の症状を調べ出すと、この記述が多数出てきます。また、入浴拒否、部屋の窓を開けないなど、義母の現状とよく似ているのです。

 

義母は認知症かもしれない……。目の前が暗くなりました。
マスコミなどに載せられる認知症の人は、叫んだりわめいたり、余計な物を購入して大金を失ったり、徘徊して帰って来なかったり。その度に家族が苦労をする、というように伝えられます。
義母がそんなことにならないよう、祈るばかりでした。

 

義姉ふたりに同居が無理ならば、私たちが……

image003骨折して動けない限りは、誰かの助けが必要です。この状態なら、そろそろ子どもたちの誰かと同居、という流れになるのが普通でしょう。
でも、私たち家族には無理だと思っていました、私の職場は横須賀、義母が暮らす埼玉から通えるわけがない。2時間以上かかります。
子どもはまだ5歳、ようやく入れた保育園に、卒園までいてもらいたい。5歳から新たに保育園を探して入るなんて至難の業だろう……。

 

妻には姉がふたりいます。妻同様、ふたりとも仕事を持っていて忙しく、特に長姉は子どもが4人もいながら小学校の教師をしています。
面倒見がよく、いつも義母を気遣う長姉は、家が近いだけに、「私がもっと近くに引っ越しても、小学校の勤務にはそれほど支障がない」と言ってくれます。でも、高校生から小学生まで4人の子どもの転校など現実的には考えられません。

 

次姉はシステムエンジニアで、子どもが二人。サバサバとした性格で、頼めばいろいろとやってくれます。でも、残業が多く、今でも精一杯。「ごめんなさい、本当に申し訳ないけれど……」。

 

おまけに、義母は姉妹全員が認める「わがままで細かく、好き嫌いが激しい人」。
人づきあいする中でも、好きな人とはべったりですが、嫌いな人とは口もききません。そして、義母は姉ふたりの連れ合いがどうも気にいらず、日ごろから悪口ばかりです。

 

そんな中、なぜか私は好かれていました。「同居するお婿さんならEさんみたいな人がいいわ」と。

 

さまざまに考えた末、私は妻に、「我が家がお義母さんと同居しよう」と言いました。
幸い、職場はこうした事情に非常に理解があり、私が単身で部屋を借りる場合に補助が出ました。
研究所のすぐ近くに部屋を借り、職住接近で効率よく仕事をこなし、週の真ん中には妻の住む家に一泊して、翌朝早く出て来る。そして、週末は実家で過ごすのです。
こうやってなんとかやりくりすれば、できないわけではない。週のうち3日同居ですから、「半分弱同居」でしょうか。

 

妻は驚いていました。「そんなことを言ってくれるなんて思っていなかった……」。
でも、うちがダメといったら、ほかにどんな方法があるのか思いつきません。5歳の娘と月の半分以下しか接することが出来ないのは寂しいですが、ずっとこういう状態が続くわけではないだろう。せいぜい1、2年だろうと考え、奇妙な半同居生活が始まりました。

 

次回は、徐々に体の調子を崩していく母親の様子をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

E・Iさん(男性 54歳)研究者
神奈川県在住。夫婦ともに大学や企業の研究者であるEさん夫妻。しかし、埼玉県に住む妻の母親が、風呂場で転倒。以後あまり歩けなくなる。料理の食材の買い出しにも事欠く中、やむを得ず一家で埼玉県に移り住む。Eさんは職場の関係で週に4日は神奈川県で過ごす生活。認知症が進んだ義母には物盗られ妄想があり、あろうことかEさんの娘を集中攻撃。家族3人が泣く日々を送る。見かねた姉がサービス付き高齢者向け住宅を探し、2014年に入居。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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