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「家がいい」という母を、最期まで自宅で介護したい~介護体験談Sさん4

2017年3月6日

父親が亡くなり、認知症の母親の在宅介護をひとりで続けるS・Tさん。長年住んだ東京を離れ、妻子とも離れ、ほぼ母親だけと向き合う生活を続けています。周囲からはさまざまな意見をもらい、時には揺れますが……。最終回は、Sさんの心の声を聴いてみました。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

馴染みのない土地で、話す人がほどんといない毎日

image001父母の在宅介護を始めて6年、ほぼ岡山に移り住んで4年。月日が流れるのは早いものです。母は現在、要介護5からなぜか4になっていますが、ここ数年、あまり変わっておらず、認知症と変形性膝関節症と、あちこちの体の動きが悪いほかは元気です。ときどき歩行器で歩く練習をする程度で、まったく変わりがありません。

 

しかし、自分は変わったな、と思います。移り住んで来て1年目は、まだ母の状態もよかったし、父も存命だったので、合間をみてサイクリングに行ったり、お茶を飲みに行ったりできましたが、2年目は父も亡くなったので、母にべったりでどこにも行けません。東京にいたときは友達と飲みに行ったり、家族で出かけたりしましたが、今は発語もそう多くなくなってきた母とずっといるだけ。

 

母親が住むこの家は、自分が大学に入学するために上京してから両親が建てました。それなので、実家とはいっても自分には周囲に見知った人はいません。だから、ここにいると、訪問介護のヘルパーさんや、迎えに来るデイケアの介護士さんと短い会話をするくらいで、ほとんど会話がありません。

 

妹は、年に2回ほど、3週間ぐらい来てくれます。妻は自分の父親の介護で、札幌に年4回も帰っているので、こちらに来てほしいとは思いません。それでも息子とともに正月には必ず来てくれるので、助かっています。しかし、そんな家族と会話するのも年間あわせて1カ月ほどです。

 

家にずっといると、よく宗教団体が訪ねてきます。しゃべる人がいなくて人恋しいので、「関わると面倒なことになる」と思っていても、つい話し込んでしまいます。いいカモだと思われているかもしれません。

 

「家がええなぁ」と言う母の言葉を支えに

image003そんな私を見て、ケアマネジャーさんが心配し、「そろそろもう少し自由になったらどうですか」と言ってきます。でも、母を老人ホームに入れてのんびりするなんて、今は考えられない。「なぜそこまで自分を追い込むんですか?」と言われても、特にこれといった理由はないのですが……、しいて言えば、父が「自分の余生をささげて母を看る」と言っていたのを、引き継ごうと思っているのかもしれません。

 

それに、ときどき母に聞いてみるんです。「なぁ。ここの家にいるのがやっぱりええかな?」すると、母は「家がええなぁ」とオウム返しです。それが本当に家にいたいという意味なのか、ただオウム返しなだけなのか、わかりません。しかし、「家がええ」と言っているのだから、それがいいのではないかと思うのです。

 

世の中の事件などを見ると、どこか老人ホームを心底信用しきれないところもあるのです。へんな人に何かされたらどうしようか、と。現に、いつものショートステイ先が満室で、別のショートステイに頼んだ時には、ほとんど歩かせることもなかったのか、迎えに行ったら全く歩けなくなり、認知症がグンと進んだ気がしたのです。ケアの仕方でこんなふうになるのか、と愕然とし、ますますホームに預けっぱなしはしたくないと思うようになりました。

 

かといって、自分の介護がカンペキなのかといえば、そうではないのです。自分の介護に自信なんかありません。母を病院に連れて行って周囲の人をボーっとみていると、真夏でも院内は冷房がききすぎているからと、カーディガンを着せかけていたりする。そんなきめ細かな配慮ができない自分に、本当にきちんとした介護ができているなんて思えないのです。
3食料理を作っていますが、市販の炒め物のタレを使って作っているわけで、看護師さんに「今日は何を食べましたか?」と聞かれても、答えたくないと思ってしまいます。

 

介護サービスは利用していますが、「これ以上、だれかの手を借りてラクをしたい」とは思いません。でも、もっとプロの手を借りたら、もしかして今よりもいい介護ができるんじゃないか? そんなふうにあれこれと考えながら、母と暮らす日々が、あとどれだけ続くのでしょうか。最近は古い友人からもらう「自分を大事にしろよ」という年賀状の意味をよく考えるようになりました。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

S・Tさん(男性 57歳)イラストレーター
岡山県在住。変形性膝関節症だった母が、2010年、84歳のときに認知症になり、東京から岡山への遠距離介護が頻繁になっていく。ひとつ年上の父親は、間質性肺気腫がひどくなり、2014年1月に死去。以後はほとんど岡山に滞在し、妻子と離れて暮らす。要介護4の母親はデイサービスを週に1回、訪問介護を週3回受け、訪問看護も受けている。それ以外のオムツ変え、食事作り、洗濯・掃除なども請け負う。月に7日ほどはショートステイを利用。妻と大学生の息子は東京在住。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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●映画監督/関口 祐加さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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