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連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

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認知症が進行し、物盗られ妄想が始まった母~介護体験談Sさん2

2017年2月20日

膝の調子が悪く、着替えができない程度だった母が、みるみる変わっていったのは84歳の頃。認知症が始まり、肺が悪いのに一生懸命に介護する父親をなじるようになりました。ひたむきに介護をしようとしている父親は、だんだん気力を失っていきます。横で手伝っているS・Tさんもまた、母の言動にショックを受けます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

「私の預金が勝手に下ろされている!」

image001母がおかしい、と思ったのは、2010年でした。来年から地デジが始まる、テレビもだいぶ古くなってきた、というタイミングで、テレビを買い替えることにしたのです。「ついでにちゃんとつないでくれ」と父に頼まれ、僕が設置しました。

 

母は悪いと思ったのか、「テレビのお金、私んところからとっといて」と僕に言いました。銀行の通帳は母が、キャッシュカードは僕が管理をして、どちらでも引き出せるし、入金もできるようにしていました。だから、母がそう言うのだからと、立て替えたテレビ代を、母の預金から下ろしました。

 

しかし、数日後、母は青くなってこう言うのです。「なんかおかしいわ。通帳から10万円も下ろされてる。お金がぜんぜん足らへん。だれかが盗んだんや! あんたやないの?」と言うのです。「何言ってんの、かあさんが下ろしていいって言ったんやないか」。そう言うと、「そんなん、言ってない!」と言い張るのです。当時、認知症の人の扱いをよくわかっていなかった僕は、腹を立てて、母に「なんや、このボケ!」と言い、大ゲンカになってしまいました。

 

妹が来たときも、妹がお金を盗ったのだと思い込みました。自分が使ってお金が減っているのに、「あの子が家に来たからなくなった」と言うのです。そういうときは、妹の顔を見ないで言うので、妹はとてもショックを受けていました。

 

物盗られ妄想はたびたびあり、周囲の人に「盗ったんやろ」とストレートに言うので、家族はだんだん気まずくなっていきました。

 

母が尿路結石で入院したときには、環境が変わったせいで、だいぶ興奮気味でした。僕が行くと大歓迎してくれるのはいいのですが、ずっとしゃべっている。弾丸トークです。帰るよ、と言って背中を見せてもしゃべっているので、4人部屋のほかの患者さんにも、迷惑をかけているのだろうな、と心配になりました。

 

また、病院ではティッシュを全部出してしまうのも困りました。これじゃ、小さい子どもみたいだと思うと、元気だった母のことを思い出して、悲しい気持ちになりました。

 

母は場所が変わると認知症がひどくなるらしく、この入院で、ずいぶん認知症がすすんでしまったな、と思います。

 

父が亡くなったことも覚えていない

image003そうして2年ほど過ぎた頃、父の間質性肺気腫はどんどん悪くなりました。一度苦しくなって病院に運ばれ、戻ってきたのですが、もうそのときにはずいぶんと気力も体力もなくなっていました。それなのに、酸素ボンベは使いたくないだの、わがままなのです。心配していたのですが、ある日突然具合が悪くなり、父は4年前、あっけなく亡くなりました。

 

母はさぞ悲しむだろうと思ったのです。ずっと一緒に暮らし、頼ってきたのだから。しかし、父の納骨後、母に「おかあさん、お父さんは死んじゃったね」と言うと、「ええっ!?死んだの? ほんまかい?」などと言うのです。自分の連れ合いが死んだこともわからないなんて。本当にびっくりしました。

 

父が亡くなったあとも、母は変わらない様子で過ごしていました。しかし、母はこれからひとり暮らしです。僕はこれまでは東京に生活の基盤を置いていましたが、こうなったら実家に住むしかない。それまでもほとんどを岡山で過ごしていましたが、僕は2012年に岡山に引っ越してきました。

 

次回は、母親と介護職のヘルパーたちとのやり取りをお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

S・Tさん(男性 57歳)イラストレーター
岡山県在住。変形性膝関節症だった母が、2010年、84歳のときに認知症になり、東京から岡山への遠距離介護が頻繁になっていく。ひとつ年上の父親は、間質性肺気腫がひどくなり、2014年1月に死去。以後はほとんど岡山に滞在し、妻子と離れて暮らす。要介護4の母親はデイサービスを週に1回、訪問介護を週3回受け、訪問看護も受けている。それ以外のオムツ変え、食事作り、洗濯・掃除なども請け負う。月に7日ほどはショートステイを利用。妻と大学生の息子は東京在住。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

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