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話せなくても食べられなくても幸せに~介護体験談Kさん3

2016年12月5日

経営母体が変わり、ケアの質も変わってしまった以前のグループホームから、思い切って、母親を介護付き有料老人ホームへ転居させたK・Uさん。母親の身体能力はどんどん落ちていますが、そのホームの前向きな理念に助けられ、「よりよく生きるためのケア」を、ホームとともに追求していきます。話せなくても、食べられなくても幸せになれることを、母親とともに実感することになるのです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

まだそばにいてほしいから、胃ろうを決意

image001新しい老人ホームに転居した頃は、話すことができなくなり、食欲もかなりダウンしていました。とはいえ、食事介助をすれば、なんとか食べられていたのですが、話せなくて口を動かすことが少なくなってきたせいか、飲み込みも悪くなってきて、何度か誤嚥で救急搬送されたりしました。そして、ホームの医師から、「そろそろ胃ろうを考えたほうがいいのではないか」と言われてしまいました。

 

胃ろうをしてまで……という思いはありました。病院で管につながれて亡くなるような、そんな最期を迎えてほしくない。最期まで人としての尊厳を保ち、自然な形で生きてほしいと思っていたので、とても抵抗がありました。

 

けれど、当時、母はまだ79歳。私は「まだ生きていてほしい……」と思いました。そのとき、ホームの看護師さんから、「胃ろうは口から食べる次に、生理的に人としてなじみやすいものだと思っています」と言われました。「それに、ずっと胃ろうと決めつけるつもりはありません。今、栄養状態があまりよくないので、胃ろうで補い、もしお元気になられ、口から食べられる環境が整ったら、胃ろうをやめてもいい。胃ろうと口から食べることを並行していってもいいんです」。そんな提案をしていただき、胃ろうにすることを決心しました。

 

また、胃ろうの手術で入院したときに、隣のベッドの方に、まだそれでも悩んでいるお話をしたのです。そうしたら、その方は、「もし私の娘たちが、胃ろうにしてもっと生きてほしいと思っているなら、私だったら胃ろうにするわ」と言ってくれました。その言葉でまた、大きく背中を押されました。

 

その頃、母は認知症がかなり進んでいて、本当にどこまで理解してくれたのかわかりませんが、私の「まだ生きていてほしい」という想いは受け止めてくれたと信じています。

 

できないことより、できることを考える

image003胃ろうになってからは、食べる楽しみが減り、母の気持ちも少し沈むことがありました。でも、老人ホームのスタッフはみなさん、そんな時にも前向きです。「さあ、これからがまた新しいスタートです。ほかの楽しみをみつけていきましょう」と母と私を励ましてくれました。

 

口から食べられないけれど、ホットケーキを焼くときにはそばで見せてくれ、香りを十分に楽しませてくれました。また、食べること以外の楽しみをどんどん増やそうと、私も前より頻繁にホームを訪れ、行事などにも全部参加するようにしていました。外出も、積極的にしました。森の中のステキなカフェ、話題のアロマエステ。女性ならきっと行きたいと思うような場所をスタッフと一緒に考えて、次々に訪れました。

 

その後、脳幹梗塞でさらに身体能力が落ちた母には、たん吸引が必須でした。遠足のイベントもほかの利用者さんと一緒の場所に出かけるのは難しいとの判断で、看護師さんがポータブルのたん吸引の器具を持ってついてきてくれて、母のために外出の計画を立ててくれました。

 

看護師さんもスタッフも、「できないことを考えるのではなく、できることを実行していきましょう」と言ってくれました。私も介護がどんどん楽しくなっていったのです。

 

母にとっては当然ですが、私にとっても、老人ホームが第2の家のようになりました。母は話せないけれど、母の気持ちは横にいるとわかる。母に話しかければ、感じ取ってくれるのも実感します。ほかの面会のご家族に、「お話できないのに、コミュニケーションはどうするのですか?」と聞かれました。その場にいたスタッフと思わず顔を見合わせました。「なんかわかるよね……」。逆に話せないことに改めて気づいた感覚でした。

 

スタッフは毎日、本当にていねいに母に声かけしてくれて、状態をよく観察してくれ、母の異状にすぐに気づいてくれます。脳幹梗塞のときもそうでした。そのスタッフたちに引っ張られて、私も母が話せないことがハンデと思うことがなくなりました。

 

次回は、いよいよ母親の最期を迎えるKさんの体験をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

K・Uさん(女性 59歳)主婦
世田谷区在住。父親が1998年に亡くなったあと、母親は老人ホームに入居。骨折、脳幹梗塞など、命取りになるケガや病気を経て、胃ろうも4年間行う。そして2011年に母親が逝去。その間、かたくなだった2人の関係が少しずつほぐれ、最期はお互いに幸せを感じることができた。子どもはなく、35年間連れ添った夫とふたり暮らし。ときどき販売の仕事などをしながら、ていねいに生きることを目標に暮らす。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
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