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幼い頃から過干渉な母の介護が始まった~介護体験談Kさん1

2016年11月21日

幼い頃から母親の言動に悩まされてきたK・Uさん。介護をすることになったとき、ひとりっ子な上に母親との確執もあったKさんが、「私ひとりで在宅介護をするのは到底、無理」と考えたのももっともなこと。老人ホームに入居してもらった、と言います。しかし、母子の関係はやがて、やわらかな優しい関係になっていきます。13年間にわたる老人ホームでの暮らしの中で育まれた愛情が、この上なくすばらしい最期につながりました。感動的な介護体験談を、4回に分けてご紹介します。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

両親の間に入って、バランスを取るのが私の役目

image001父と母は昔からあまり仲の良くない夫婦でした。10歳年上の父親がワンマンで、母に対してあれこれ命令し、それに対して母も抵抗するので、ケンカの絶えない夫婦でした。

 

一人っ子の私は、子どものころからその間に入り、無意識のうちに2人のバランスを取るようになっていました。また、母は父とうまくいかない分、その愛情を全部私に注ぎ、自分の思い通りにしようとしていました。付き合う友達のことも服装のことも、何にでも口を出し、気に入らないと機嫌が悪くなるのでした。過干渉で過保護。すごく生きにくいな、と思いながら、少女時代を過ごしてきました。

 

結婚相手のことも当然いろいろ文句を言ってきましたが、これは「自分の思う人」と結婚。その頃も父母の夫婦ゲンカは絶えなかったので、正直、両親から逃げられてほっとしました。そしてしばらくは穏やかな生活をしていましたが、結婚して10年後ぐらいには、父の体力がかなり落ちてきました。当時父は79歳。少し認知症の症状も出てきました。

 

同時に、母の具合も悪くなっていました。もともと糖尿病がありましたが、数値が跳ね上がり、緊急入院をしたのです。ふたりとも看護が必要ですが、私は一人っ子で同時に両親2人をみることは難しい。やむなく、父をショートステイに預けましたが、そのショートステイ先で風邪が流行っていて、それがもとで肺炎になり、5カ月後に亡くなってしまいました。

 

長い間母を困らせてきた父が亡くなり、夫婦ゲンカの相手がなくなったので、私は正直、少しほっとしたところがありました。母もさぞかし肩の荷が下りただろうと思ったら、入院していて何もしてあげられなかった、もっとお父さんとケンカがしたかった、と。父は父で、ショートステイ先で、「うちの妻は、私の好きなものをいつでも用意してくれるんです」と自慢していたそうです。

 

愕然としました。幼い頃からずっと2人の間に入って、仲良くなるようになんとかしようとしていたのは、なんだったんだろう。ケンカばかりの夫婦でもそれで関係が成り立ち、私が入り込む余地はなかったんだ……。本当に夫婦って、当人たちにしかわからないんだと思うと同時に、なんだか空しくなりました。

 

夫に支えてもらいながら、あわただしく父の葬儀を終えようとする頃になっても、母は糖尿病がひどくて退院できず、歩けない状態でした。70歳だったのですが、認知症も始まっているようで、言動もちぐはぐになっていました。病院からは、「家で一人で暮らすのは難しい」と言われ、私が家で介護をするか、どこか老人ホームに行くか、どちらかを迫られました。

 

せめて良い老人ホームを選ぼうと奔走して

image003ここで、在宅介護を選ぶのが、普通の娘なのかもしれません。でも、どうしても気持ちが受け入れなかった。ずっと母の機嫌を気にしながら育ってきて、在宅介護でその母と向き合う勇気がありませんでした。入院中は認知症があったせいもあり、ちょっとしたことで怒り、私に杖を振り上げることもありました。看護師さんが母をとめて、どうすることもできない私を助けてくれたこともあります。

 

病院の生活相談員の人と話したとき、思い切って私は言いました。「もうこの状況から逃げたいんです」。すると、「逃げていいんですよ」と言ってくれました。その言葉でとても気持ちが楽になりました。私の気持ちを分かってくれる人がいたという安心感でした。親族の中には反対する人もいましたが、結局私は、夫と相談して、老人ホームを探すことになりました。夫は「大丈夫、だからといって、お母さんを大事にしていないってことはないんだよ、君は十分にお母さんのためにやっているじゃないか」と言ってくれました。

 

せめて、納得のいく、自分が入りたいと思う良い老人ホームを探そうと、がんばりました。入院中、母が骨折して入院期間が1カ月延びたのを幸いに、あちこち回って自分の目で確かめて選びました。そして、実家からそう遠くないところに、アットホームなグループホームのようなところを見つけました。1998年、まだ介護保険が始まる前で、老人ホームの数も少なかったですが、そんな中でも「ここなら!」と思えるところを見つけたのです。施設長さんもベテランで頼りになりました。

 

母は最初抵抗し、入居後も私をなじり、手を振り上げたりしました。仲裁に入ってくれた施設長さんが、「ここは私たちに任せてください。数日かかると思いますが、落ち着いた頃にお呼びしますから」と言ってくれ、連絡が来た3週間後に再びホームを訪れると、母は穏やかになっていたのです。施設長さんの対応や判断は、さすがだと思いました。入居から約2か月経つと、母は「あのね、毎日楽しいのよ」と言うようになり、次第にホームの雰囲気に慣れ、そこが自分の居場所と思うようになりました。

 

次回は最初のホームの状況が変わり、次のホームを探して入居するいきさつをお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

K・Uさん(女性 59歳)主婦
世田谷区在住。父親が1998年に亡くなったあと、母親は老人ホームに入居。骨折、脳幹梗塞など、命取りになるケガや病気を経て、胃ろうも4年間行う。そして2011年に母親が逝去。その間、かたくなだった2人の関係が少しずつほぐれ、最期はお互いに幸せを感じることができた。子どもはなく、35年間連れ添った夫とふたり暮らし。ときどき販売の仕事などをしながら、ていねいに生きることを目標に暮らす。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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