有料老人ホーム・介護施設の資料請求ならオアシスナビ

広告掲載をご検討の方

オアシスナビ×ハートページ

父親の介護が重くのしかかり、追い詰められて~介護体験談Wさん3|オアシスナビ 介護の知恵袋では、お役立ち情報を毎日配信!

目的別に記事を探す

連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

6月20日

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

→続きはこちら

父親の介護が重くのしかかり、追い詰められて~介護体験談Wさん3

2017年1月2日

仕事を辞めて両親の介護が生活の中心となったW・Sさん。仲のいい友人と離れ、ウィークデーは妻とも離れる孤独の介護。このころのWさんはきっとつらかったでしょう。でも、弱音もはかずに時をやり過ごしました。しかし、父親のことだけは許せなくて……。そんな父が弱ってきたときのWさんの心境は複雑です。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

父が押すブザーの音が、幻聴のように聞こえて

image001脳梗塞で倒れ、胃ろうにした母の介護が大変だと思っていましたが、実は父の世話のほうが重くのしかかっていました。小さい頃から煙たかった父とは顔を合わせたくなかったので、昼間はできるだけ外出し、夕方からは階下に父を残し、自分は2階の部屋で寝ていました。母の夜中のオムツ替えのときには目を覚まして替えに行きますが、父の部屋の前は素通りでした。

 

少しは自分でやったほうがいい。介護はお世話をするだけではなく、「自立支援」が大事なんだから、できることは自分でやったほうが、健康状態を保てる。そんな気持ちもあったから、少々のことでは手を貸しませんでした。本人も、いちいち頼んで礼を言うのがいやだったのか、できるだけ自分でやろうとしていました。けれど、にっちもさっちもいかなくなると、僕の部屋につながっているブザーを押す。そのときだけは階下に助けに行くようにしていました。

 

そのブザーが鳴るときがまた、本当に大変なのです。ベッドから降りようとしたら腰が砕けてひとりでは起き上がれない、ケガをしそうなひどい姿勢になっている。トイレまで行こうとしたけれど間に合わなくて廊下一面に汚物が……。だから、ブザーが鳴るのが、恐怖でした。

 

介護を1年、2年もひとりで続けていると、だんだん追いつめられるようになるのでしょうか。ブザーが鳴っていなくても鳴ったような気がして、毎夜飛び起きるようになりました。寝ていても、どこか遠くから聞こえるような気がして。

 

父から離れたい。いっそ老人ホームに入れてしまいたい。そう思いました。そもそも、母が退院するときに、ふたりで有料老人ホーム入ろうか、という話もありました。結局立ち消えになったのですが。今さら、アパート経営をしていてその采配も振るいたい、母とも離れたくない父に、ホームに行けとは言えない雰囲気でした。

 

それに僕は、自分が介護をするんだ、と宣言し、職場を辞めてまで実家に入ったのです。介護をやめたら、自分には何も残らないような気がしました。とにかく、父が亡くなるまで、介護を続けなきゃいけないんだ。大きな声では言えませんでしたが、心のどこかで、父の介護が早く終わらないかな、と思っていました。

 

その頃には疲れ果て、ケアマネジャーさんのすすめで、母はショートステイを使うようになりました。月に1週間ほど施設に泊まってもらい、僕は妻のいるマンションに戻ります。父のことは訪問介護の人に世話してもらい、食事は買い置きの総菜を食べてもらったりしました。そんなことでもしないと、心身共に参ってしまいそうでした。

 

父親はとうとう療養病院に入院

image003やがて、もともと心臓が弱かった父は、心臓に水がたまるようになり、呼吸の苦しさを訴えるようになりました。もう、このまま家で過ごすのは無理だ、危険だ、という結論を出し、療養病院に入院することになりました。

 

正直、ホッとしました。やっと父から離れられる。そう思いました。

 

父は入院し、酸素マスクと点滴のチューブをつけてベッドで過ごすようになりました。そして2カ月ほどたったところで、心臓が弱り切って、息を引き取りました。肩の荷が下りたというか、「ああ、終わったのだ」と、放心状態になりました。

 

次回は、父親亡き後の介護について伺います。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Sさん(男性 56歳)団体職員
千葉県在住。2011年に当時82歳の母が脳梗塞で寝たきりになり、85歳の父親による老老介護も立ち行かなくなる。当時フリーランスのライターで長男のWさんが、妻と暮らす都内の自宅から離れ、ウィークデーは介護を担うように。しかし、2年後、父親が心不全で死去。母親は要介護5のまま、自宅介護。現在は妻とともに実家に住み、ふたりで母親を介護している。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

関連する記事
コメントを書く
ユーザー名:40文字以内
コメント:200文字以内
この条件で検索

このページのトップに戻る

都道府県から老人ホームを探す