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横柄ですぐに怒鳴る父親の世話が、いやでたまらない~介護体験談Wさん2

2016年12月26日

姉や弟の手はなかなか借りられない、妻も会社員で忙しい。そんな状況の中、単身赴任のような形で、ウィークデーは両親の実家に介護のために寝泊まりしていたW・Sさん。仕事もほぼ開店休業状態、話す人もあまりいない。父親とは難しい関係にあって――。次第にWさんの健康状態が悪くなっていきます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

母の介護のためにヘルパー2級を取得

image001月曜日から金曜日まで実家で過ごすのは、家事と介護のためです。私たち夫婦は共働きだったので、家事は日常的にやっていました。それは、問題ないと思ったのですが、介護はやったことがありません。そこで、脳梗塞で入院中の母が退院する前に、旧ヘルパー2級(現介護職員初任者研修にあたる)の資格をとり、オムツ交換や着替えなどを学びました。

 

一時期歩けるようになった母ですが、家に戻るとすぐに車椅子になってしまい、体幹もくずれがちで、要介護5になってしまったのです。ほぼ寝たきり状態の人を安全に車椅子から移乗したり、ベッドから降ろすことなども必要なので、取得しておいてよかったと思いました。

 

母が退院後、最初は訪問介護や入浴介助の人に来てもらいながら、母の世話をしました。そのうち、デイサービスでお風呂に入れてもらうようになり、入浴介助の必要がなくなったので、ケアプランを変更してデイサービスを週3回に増やしました。ただ、帰宅後のオムツ交換や、胃ろうからの栄養注入を朝夕日に2回することは、日課です。夜中も一度はオムツ交換をしたいので、夜は早めに床に入り、1時か2時には起きてオムツ交換をするようになりました。

 

こうした母の世話は、意外にいやではなかったですね。母のオムツ替えも、抵抗がありませんでした。できないものはしかたがない。口もきけないし、自分がいなければどうにもならないので、淡々と介護をしていました。

 

確執のある父の介護がキツイ

image003しかし、問題は父の介護でした。

 

小さい頃の父は子どもにとても厳しく、体罰も頻繁でした。何度も殴られたことがあり、家から締め出されたこともあります。反発しようにも小学生の頃までは怖くてとても歯向かうことはできません。そして、僕が中学生になるころには父の単身赴任の生活が始まったので、ほとんど一緒に暮らさないままここまでに至ってしまったのです。

 

ですが、時がたって僕の世話が必要になった父。「悪いな」などという言葉はかけてくれます。けれど、それでも居丈高でした。体が思うように動かなくてイライラするのもわかりますが、ちょっとしたことで怒鳴り散らすのです。それがいやでたまらなかった。父はアパート経営をしていて、その家賃を、介護をしている自分にくれると言っていました。でも、父親からお金を受け取る気にはならず、決してもらいませんでした。

 

父は、妻が同居せず、都内のマンションから仕事に通っているのが気に食わないらしく、妻への悪口も絶えませんでした。アパートの家賃をやると言ってるんだ、不自由などないだろう、とでも言いたかったのでしょうか。ならば、家賃なんかいらないと、ますます意固地になりました。

 

父とできるだけ一緒にいたくない。だから、僕は父のいる1階にはほとんど下りず、用がなければ2階の部屋で過ごしました。食事や母の送迎のときに下りていく以外は、とにかく父のことを避けました。

 

母は胃ろうなので食事を共にしません。そうなると、食事も父と差し向かいです。それがいやで、一緒には食べませんでした。父には焼き魚や野菜炒めなどの食事を作り、自分は外食をしました。郊外の、駅からも遠い家だったので、30分歩いて昼から居酒屋で酒を飲むこともありました。

 

金曜日まで実家で過ごした後に、妻のいるマンションに帰ると、ほっとしました。週末は姉や弟が来てくれる。妻も掃除に行ってくれるので、僕がいる必要がないのです。せめて週末は、実家のことを考えたくもありませんでした。

 

だから、月曜日の朝、実家に向かう足取りはすごく重たかったですね。

 

なぜ、そんなに介護をひとりでがんばるの? と聞かれることもありました。自分でも、不思議でした。けれど、「介護をするから」とフルタイムの団体職員の仕事を辞めています。介護をあきらめたら、仕事を辞めた意味がありません。「妻も連れてきて介護を」という父の身勝手な言葉にも腹が立っていましたから、妻に来てもらうつもりもありませんでした。

 

とにかく、自分でがんばる。ほかの人には頼らない。それが自分の決め事でした。しかし、体は正直ですね。自分でも驚くほど、どんどん痩せていきました。

 

次回は、父親がだんだん衰えていく様をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Sさん(男性 56歳)団体職員
千葉県在住。2011年に当時82歳の母が脳梗塞で寝たきりになり、85歳の父親による老老介護も立ち行かなくなる。当時フリーランスのライターで長男のWさんが、妻と暮らす都内の自宅から離れ、ウィークデーは介護を担うように。しかし、2年後、父親が心不全で死去。母親は要介護5のまま、自宅介護。現在は妻とともに実家に住み、ふたりで母親を介護している。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
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