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DVの父親と暮らす認知症の母を世話して10年~介護体験談Wさん1

2016年10月24日

母親のことを溺愛するがあまりに暴力をふるってしまう父と、認知症の母。そのふたりと10年前に同居し、世話をしてきたW・Eさん。フルタイムの仕事を持ちながら、どうやって時を過ごしてきたのか。壮絶なその実態を、4回に分けてお送りします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

几帳面な母がゴロゴロ寝てばかりになった

image001あの几帳面な母親がなんだかおかしい――。そう感じたのは、15年も前のことでした。当時は前夫と息子2人の4人家族の暮らし。自分の家族の世話に追われ、同じ市内の実家にはときどき帰る程度でした。でも、料理の上手だった母の味付けがおかしい、掃除が行き届いていない。いつも背筋を伸ばして動いていた母が、ゴロゴロと寝てばかりいる。お化粧もなんだか雑になっている。

 

これは、放っておけない、と思ったのはその5年後。料理もできなくなってきて、着替えもうまくできません。たまに行く程度ではダメだ――。そこから3年ほどは、毎週末に様子を見に行ったり、食事作りを手伝ったりしました。が、やがて、突然に歩けなくなり、排せつもうまくいかなくなったのです。ケガをしたとか、大きな病気をしたとか、理由があるわけではないのですが、認知症がひどくなって、歩き方や排せつのしかたを忘れてしまった、というのが、かかりつけの内科医師の診断でした。

 

もう、父母ふたり暮らしは無理だろうと思い、私は同居を決意しました。当時、2人の子供は家を出ていましたし、夫と離婚をして、気ままなひとり暮らしをして2年目。ほんの少しだけ独身生活を満喫したら、もう次は介護か、とガッカリしたものでした。

 

母の介護は、そう大変ではありませんでした。当時から、物忘れが激しく、言動がおかしかったですが、穏やかで、心が通じ合うような気がしていました。問題は父でした。

 

父は、23歳のときに新潟にたまたま出かけ、当時18歳の母に、現地で一目ぼれ。結婚してくれと懇願して東京に来てもらったものの、母を溺愛するがゆえに、暴力をふるうのです。自分の世話をしてほしい、自分のほうだけ見てほしい。その願いが強すぎて、兄の面倒をみる母が許せないほどでした。娘の私には暴力をふるわないのですが、父は母だけでなく、幼い兄にも暴力をふるっていたということです。

 

母は父の気性の激しさにおびえていましたが、それでいて父がいなければやっていけないほど依存していました。なんでもかんでも、夫を立てて、夫を一番にする。父が兄に嫉妬して、3歳で新潟の母の実家に預かってもらうと言ったときも、母は逆らいませんでした。兄はどんな気持ちで新潟に1年間預けられたのか――。今思っても、兄が気の毒です。

 

父が母の要介護認定を受けさせてくれない

image003料理にも掃除にもうるさかった父の要望を叶えるために、母は若い頃から、一日中立ち働いていました。家業のクリーニング店の手伝い、家事、私たちの育児。眠る暇もないほどでしたが、それでも眠れなかったらしく、強い睡眠剤を何十年にもわたって飲んでいました。私は今になって思うのです。その睡眠剤で脳を毎日無理やり眠らせたことが、認知症に結び付いたのではないかと。薬を処方したかかりつけの医師も、「否定はできない」と言いました。もっと早く止めていればと思うと、悔やまれます。

 

周囲の人が心配をして、「要介護認定を受けたら? そうしたら、介護保険サービスが使えるから」と言うのですが、父がそんなことはさせません。どんなに症状が重くなっても、認知症だなんて、絶対に認めませんでした。

 

母は、症状が重くなり、パッと見だけでも、「認知症だな」とすぐにわかるほどでした。しかし、父はうまく歩けなくなっている母の腕をとって商店街を連れまわし、お店に入っては、「うちの嫁は美人だろう!」と自慢して歩きました。

 

そのくせ、家に帰れば、歩みが遅く、うまく人への応対ができなかった母をなじり、暴力をふるいます。母は泣き、そして怒りが収まれば父は母を抱きしめてやさしくする。さっきの暴力を忘れた母はうっとりしたような顔になる。その繰り返しです。まるで地獄絵のようでした。

 

ときに、暴力が行き過ぎて、母の体も命さえも危ないと感じることがあります。そんなときは「やめて、お父さん! 警察を呼ぶわよ」「呼んでみろ、バカ!」と親子でやりあって……。実際にパトカーを呼んだこともありました。しかし、警察は、夫婦間の暴力については現行犯でないとなかなか動いてくれないんですよね。警察官が来て聞き取り調査をしたら、そのまま帰るだけ。何の解決にもなりませんでした。

 

夜中も、父が目覚めて母に暴言を吐く。トイレに行こうとして間に合わない母を殴る。私はおちおち眠ることもできず、睡眠不足になっていきました。

 

次回は要介護認定を受け、家に訪問介護のヘルパーさんを入れるまでのいきさつを語ります。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Eさん(女性 57歳)事務職員
埼玉県在住。実家を出て嫁ぎ、25年たって母の認知症が発覚。独身だったため、実家に戻り、10年前から母親の介護をする。暴君だが母親を溺愛する父とともに3人暮らしが始まる。母親は3年前から歩行や排せつができなくなり、認定を初めて受けたときから要介護5に。フルタイムの仕事に出ている昼間は訪問へルパーを頼み、朝と夜はWさんが担当する。現在、母親は81歳、父親は86歳。最近、父も認知症と思われる行動が出てきた。現在は実家のすぐ横のアパートの一室でひとり暮らし。離婚する前の夫との間に、35歳、31歳の息子がいる。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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