有料老人ホーム・介護施設の資料請求ならオアシスナビ

広告掲載をご検討の方

オアシスナビ×ハートページ

終の棲家は家なのか、療養病院なのか~介護体験談Mさん3|オアシスナビ 介護の知恵袋では、お役立ち情報を毎日配信!

目的別に記事を探す

連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

6月20日

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

→続きはこちら

終の棲家は家なのか、療養病院なのか~介護体験談Mさん3

2016年9月12日

いよいよ状態が悪くなってきたT・Mさんの妻は、闘病して7年目になりました。80代に入り、体力的にも弱って来て、本人も死期が迫ってきていることを感じるようになります。在宅での暮らしも限界に近くなり、特別養護老人ホームや療養病院を検討することになりますが……。今回は、終の棲家をどうするか、思いあぐねるMさんの様子をお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

医師に療養型の病院をすすめられた

image001肺がんになってからは、ますます妻の体力は弱ってきました。痛みのために床に臥せる時間が長くなり、かといって横になっても痛みがおさまるわけでもなく、苦しみが伝わってきます。つらさを代わってやれない自分が、ふがいなく思えるほどでした。

 

痛みが増してどうにも家で過ごせなくなると、救急車を呼んで病院に行くこともありました。けれど、そのうち医師から「痛み止めで一時的に痛みがとれても、根本的に治るわけではありません。この入退院を繰り返すことが負担になると思います」と言われてしまいました。

 

要するに、もう手の施しようがないということです。「在宅での介護ももう、限界でしょう。痛み止めをうまく使いながら、療養型の病院で暮らしてはいかがですか?」というすすめまでされました。

 

でも、こんなに病状が悪化しても、妻はベッドからなんとか自分で身体を起こし、私の介助があれば、椅子に座って食事をとることができました。食べたいものも自分で言うことができ、私が用意すると、とても喜びました。食欲もそれなりにありました。つくづく、気丈な人だと感心しました。たしかにこの頃には、体力が弱って来ていて、私の負担も大きくなってきました。けれど、この気丈さを大事にし、できるだけ在宅で過ごさせてあげたいと、改めて思うようになりました。

 

すでに私は仕事を退任していたので、いつもそばにいてやれます。訪問介護や訪問看護の方にも来ていただいて、入浴介助もしてもらっているので、なんとかこのまま行けるだろうと思っていました。

 

けれど動作が遅くなって、ベッドのすぐ横にあるポータブルトイレにすわるまでに間に合わなくなることもしばしばでした。意に反することですが、おむつを使うようになっていきました。それからは、また、妻の病状は進んだように思えました。

 

もう、だいぶ弱っているな、医師が言うように療養型の病院や、特別養護老人ホーム(特養)に入ったほうがいいんだろうか……。そんな考えが頭をよぎった頃に、妻のほうから、療養病院に入院しようか、という申し出がありました。私に迷惑をかけたくない、そんな気持ちからかもしれません。

 

私は、まだまだ妻と暮らしたいと思っていました。でも、ケアマネジャーさんや訪問介護の人たちも、「そろそろ在宅生活も限界かもしれませんね」と言うようになりました。

 

療養病院を探している最中に、息がとだえて…

image003重い心を引きずって、療養病院を探し始めました。家からなるべく近いところに入ってほしくて、病院に問い合わせると、まず面接をするまでも順番待ちがあることがわかりました。特養に至っては、「申し込みをしても、入居は数年先」とのこと。それでは意味がないので、特養への入居は考えないことにしました。

 

療養病院もすぐには入れない。でも逆に考えると、順番を待つ間は、もう少し在宅で暮らせるわけです。ふたりの時間を大事にしながら、待つことにしました。

 

妻は寝ているときも酸素ボンベを手放せず、眠るときは口から鼻まで覆うようなマスクをつけていました。そのマスクをはずすと酸素が供給されないのですが、妻はたびたび睡眠中にずらしてしまいます。私は妻が寝ているときに起きて、ちゃんとマスクがついているかを確かめるのが癖になっていました。

 

その日の朝方も、マスクがはずれそうになっていて、そっと戻しました。ところが、いつも妻が目覚める時間になったので様子を見に行くと、またマスクがはずれているのです。あわてて妻の顔に耳をくっつけると、もう息をしていないではないですか!

 

動転し、妻の名を叫びながらカラダをたたいたりゆすったりしましたが、反応がありません。ついこの間、日赤の救急の講座で指導を受けたばかりの人工呼吸を急いでやりました。何度も胸を圧して心肺蘇生もこころみましたが、妻の命が戻ってくることはありませんでした。

 

次回は、妻の死を乗り越え、新たな人生に向き合うMさんについてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Mさん(男性 74歳)
神奈川県在住。8年半前に、9歳年上の妻(当時75歳)が交通事故に遭い、入院。検査をしたところ、肥大した大動脈瘤がみつかる。手術をすると脳死状態になる可能性が高く、断念する。以後激しい痛みに襲われ、入退院を繰り返す。闘病3年ほどのところで肺炎に。肺に水がたまり、酸素ボンベを使うようになる。6年経ち、肺がんに。医師からは常に「あとわずかの命」と言われながらの7年間だった。死因は酸素マスクがはずれたことだったが、Mさんは「自ら妻がはずしたのでは」と思っている。現在は会社員の孫とともに同居。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

関連する記事
コメントを書く
ユーザー名:40文字以内
コメント:200文字以内
この条件で検索

このページのトップに戻る

都道府県から老人ホームを探す