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健康診断もしていたのに…母と同じ病気になった父~介護体験談Wさん3

2016年8月15日

母親の死の悲しみが癒えないうちに、今度は父親が病気に。同居している妹家族のフォローがあるものの、夫のいない家庭で2人の子どもを育てながらの介護は、なおも続きます。「時間に追われて、疲れたと思う暇もなかった」というW・Uさん。父親とどう関わり、支えてきたのかをお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

毎月病院に行っていたのになぜ…?

image001母の1周忌を終えて、ようやく一息ついた頃、どうも調子がよくない、という父のつぶやきを聞くようになりました。毎年、健康診断は受けているし、高血圧や糖尿病の薬をもらいに、毎月病院に行っているのです。これ以上、何か病気があるとは思えませんでしたが、「念のために病院に行って来たら?」と言って送り出すと、あろうことか、母と同じ肺がんになっていました。

 

なぜ……? その思いがぬぐえません。見つからない病気ではないと思うのです。あれほど健康診断をしていたのに、見逃したことに納得がいきません。それを父に言うわけにもいかず、妹と無言で悔しがりました。病院というところは、人を見ていないのではないだろうか。長いこと診療を待って、診察室に入ったとたん、顔も見ずにパソコンに向かって「はいはいはい、いつもの薬」とやっていたのかと思うと、やりきれない思いでした。

 

父は30歳のときに重い腎臓病にかかって死にかけてから、食事にも気をつけ、日々の散歩や旅行に行くなど、それなりに身体も動かしてきました。健康診断だって欠かしたことがありません。そんな父の努力が無駄にされたような気持ちで、本当に悔しくてたまりませんでした。

 

肺がんは、ごく早期なら手術を受けて取り除くことができる場合があります。しかし、父の肺がんは複雑だった上に、それほど早期ではなかった。しかも、腎臓も悪ければ、高血圧や糖尿病の問題もある。手術をすることは、選択肢にありませんでした。

 

治療は、通院の抗がん剤だけ。それも、私たちがもどかしい理由のひとつでした。それしかないのだろうか、それで肺がんをやっつけることができるのか。私も妹も悲観的になりました。

 

子どもたち5人の団結力に助けられて

image003そのときには、長女は高校生、妹の子どもたちも大学生になっていて、しっかりしてきました。父親の看病は、家族だけでできる。そんな決意も生まれました。部活に勉強に忙しい長女は、「私はあまり力になれないかも」などと言っていましたが、いざとなれば何かと気を遣ってくれました。特に、元気のいい発達障害の弟の面倒をよく見てくれた。仕事も忙しく、病院通いに付き添うことも多くなった私を、そんな形で応援してくれました。

 

妹の子どもたちも、頼りになりました。私も妹も仕事をしているので、病院で医師の話を聞くとなれば、帰りは夜になってしまいます。子どもたちの夕食の世話もそっちのけのことがありました。

 

が、そこは子ども5人という集団のありがたさ。両家の末っ子はまだ手がかかりましたが、妹の子どもたちも面倒をみてくれましたし、私や妹が不在のときは、子どもたちだけで料理を作ったり就寝したりと、寂しさを感じずに過ごしてくれたことがありがたかったです。

 

父も母と同じで、できるだけ病院にはいたくない、という人でした。畳の部屋に布団を敷いて眠る生活も、ずいぶん弱ってからも変えませんでした。本当は着替えにしても起こすことにしても、布団からでは力が必要で、本人だって、私たちだって大変なのです。ベッドにしてほしいと言っても、「畳が傷む」という理由でうんと言ってくれませんでした。

 

しかし、そんなふうに気丈にやっていこうとしていた父も、襲いかかる病魔に打ち勝つことがだんだん難しくなってきました。そして、私たちが悩まされたのは、トイレのことでした。

 

最終回は、父母がいなくなった後の心境までをお届けします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Uさん(女性 52歳)福祉施設職員
京都府在住。47歳のときに3世帯同居の母が血管の病気で生死の際をさまよい、入退院を繰り返した2年後に他界。その1年半後には父親のガンがみつかり、通院治療が続く。家族だけの介護の限界を感じ、ヘルパーを頼む直前に父親も他界。4年半の間に2人の壮絶な自宅介護を続けることに。夫とは離婚し、大学1年の長女、発達障害を持つ高1の長男の3人暮らしだが、一軒家の階上に妹夫婦と3人の子どもが暮らしている。

 

 

<さまざまな方に、介護体験を語っていただいています>

●体は弱っているのに他人の手を借りられない。威厳とプライドのある父親を介護して…
~Tさん(インテリアコーディネーター/54歳/女性)

 

●脳に血栓のある母親、骨折や肺気腫を繰り返す父親。同居して両親を介護するが…
~Wさん(歯科医院勤務/56歳/女性)

 

●同居していた義母が認知症に。徘徊・妄想が始まるが、夫は義母の認知症を認めず…
~Rさん(団体職員/54歳/女性)

 

●念願のマイホームを建て両親と二世帯同居。しかし引っ越し早々、母に認知症の兆しが…
~Eさん(主婦/55歳/女性)

 

●気づいたときには父はすい臓がんの末期。3人の子供を育てつつ実家に通う中で、奇跡的に…
~Yさん(主婦/52歳/女性)

 

●妻と二人三脚で事業を切り盛りしてきたが、気付くとしっかりものの妻の行動がおかしい…
~Tさん(自営業/74歳/男性)

 

●母が認知症?でも同居をしている兄夫婦も父も、介護に逃げ腰。別居の娘が業を煮やし…
~Sさん(会社員/53歳/女性)

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