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【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

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血管の病気に加えて肺がんを発症し、声を失った母~介護体験談Wさん2

2016年8月8日

血管が割ける大病を患い、治療を受けてなんとか家に帰ってきたW・Uさんの母親。しかし、その半年後にはもっと大きな病気が見つかって……。苦しみ続ける母親を支えたのは、夫である父親とWさんと妹、そしてその子ども達でした。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

放射線治療で髪が抜けていく……

image001血管の大病をして弱っている体に肺がん……。こんな仕打ちってあるのでしょうか。心臓が悪いと肺がんのリスクも高いとあとで知りましたが、わかったときには肺の半分ぐらいに浸潤していて、もう手術をすることもできませんでした。

 

通院で抗がん剤と放射線の治療が始まると、母の体力はどんどん失われていきました。うちは門から玄関まで、3段の階段があるのですが、その3段を上がることさえ大変。また、お風呂は妹たちが住む2階にあるのですが、その階段を上ることは、だれかの支えがないと難しい状態でした。それでも母はなんとか父の食事を作るなど、世話をすることをやめませんでした。

 

かわいそうなのは、治療がすすむうち、母の髪の毛が抜けてきたことです。とてもおしゃれで、洋服にもアクセサリーにもこだわっていた人なので、よけい不憫でした。泣き言をいうことはありませんでしたが、抜けた髪を片付けるときのしぐさを見ていると、こちらが涙してしまうほどでした。

 

そんな母の支えになっていたのは、私や妹よりも、むしろ子どもたちでした。髪が抜けようと体が悪くなろうと、子どもたちにとっては、「大好きなばぁば」に違いありません。特に発達障害の息子は、病気など意に介さず、母に甘え、母を愛し、くっついていきます。そんな無邪気な姿に、心が癒されると、母はよく言っていました。

 

最後の食事は大トロまぐろの寿司だった

image003しかし、何クールもの治療を繰り返すうち、母の体力はますます失われて、家で過ごすこともなかなか難しくなってきました。通院で治療を受け、そのまま入院してしまうパターンが続き、その入院もどんどん長くなっていきました。

 

それでも、病院にいると「早く家に帰りたい 」と、母は帰宅を望みます。医師も、難しい顔をしながらも、そう長くないであろう命を考え、「できるだけ好きにさせてあげよう」と、帰宅を許してくれました。

 

帰宅をしたらしたで、私たちも心配です。とても息が苦しそうで、いつ窒息してしまうのか、ヒヤヒヤするのです。なんとか元気にしているときと、横になっても苦しそうなときと交互にやってきて、いつ病院に戻そうかとそのタイミングばかりを気にする日々でした。

 

しかし、病院に戻ると言い出したのは、母でした。どうにも息が苦しくなり、医学の力を借りなければ無理だとあきらめたのです。入院すると、医師は残念そうにこう言いました。「これ以上苦しみたくないのなら、気管切開しかない。そうなると、話すことも、口から食べることもできなくなります」と……。母は泣く泣く切開を受諾しました。

 

明日、切開するという日に、私たちは、「おかあさん、最後に何か食べたいものがある?」と聞いてみると、あろうことか、「大トロのマグロの寿司が食べたい」と。こんなに弱っていて消化能力も低くなっている母が、生ものを食べるなんて。

 

でも、医師は「好きなものを食べましょうよ」と言ってくれました。近くのお寿司屋さんで一番いいネタを握ってもらい、母はそれを1貫食べ切り、そして声を失いました。

 

まばたきでしか意思表示をできなくなった母。もう生きる力もなくなってきました。ある日、病院から知らせがあり、私たちは全員そろいました。妹家族5人と私たち家族3人、そして父親。9人に見守られて、母は命を閉じたのです。

 

次回は、父親の病気についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Uさん(女性 52歳)福祉施設職員
京都府在住。47歳のときに3世帯同居の母が血管の病気で生死の際をさまよい、入退院を繰り返した2年後に他界。その1年半後には父親のガンがみつかり、通院治療が続く。家族だけの介護の限界を感じ、ヘルパーを頼む直前に父親も他界。4年半の間に2人の壮絶な自宅介護を続けることに。夫とは離婚し、大学1年の長女、発達障害を持つ高1の長男の3人暮らしだが、一軒家の階上に妹夫婦と3人の子どもが暮らしている。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

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