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同居をし、アルツハイマーの母と向き合う~介護体験談Oさん3

2016年6月20日

介護に時間を取られ、夫婦としてくつろぐ時間がなくなってきたとき、O・Mさんの夫は、実母と義母、夫婦4人での同居を提案。夫に感謝するのも束の間、Oさんは突然、夫から離婚を切り出されてしまいます。寝耳に水でした。夫との生活をとるのか、母の介護をとるのか……。Oさんはきっぱりと、離婚届けに判を押しました。そして、本格的に介護に没頭していくのです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

訪問介護とデイサービスの利用を始めた

image001夫から離婚を切り出されたときは、呆然としました。ついこの間まで、私たち夫婦と夫の母、私の母の4人で暮らす家を建てよう、と言っていたのに。あの計画はなんだったのだろう。私がもっと夫に寄り添えばよかったのだろうか……。さまざまな考えが、頭をグルグルとめぐりました。

 

夫の深い悩みに気付かなかった。私は、母のほうばかり向いていた、と思いました。しかし、なんということでしょう。夫の「離婚してくれ」を聞いたとき、「これで、母の介護に没頭できる」と思ったのです。

 

私も夫もあっさりとした人間関係を望むほうで、お互いにそれが心地よいと感じていました。それぞれ自分のやりたいことを大事にしてきたからでしょうか。夫も淡々としていましたし、私も葛藤はあったものの「わかりました」と冷静に答えました。1995年、結婚して12年。私は40歳になっていました。子どもができなかったのが、幸いだと思いました。

 

それからすぐに、母とふたりで暮らし始めました。音楽関係の仕事は続けていきたいですし、二人の暮らしを成り立たせるためにも、働かねばなりません。しかし、母を昼間、ひとりにしておくことはできません。すぐに市役所に飛び込み、福祉の地区担当に今後のことを相談しました。社会福祉協議会に出向き、ヘルパーさんやデイサービスを紹介してもらいました。

 

介護保険制度が始まる5年前。まだケアマネジャーもいません。でも、今より、介護業界ものんびり仕事をしていたように思います。今の訪問介護は、20分、30分単位ですが、当時は3時間がふつう。家事も介護もじっくりやってくれて、ヘルパーさんとも、とても親しくなりました。

 

仕事の関係で帰りが遅くなったり、土日に音楽の発表会があったり。そんなとき、友達感覚で訪ねてくれるヘルパーさんに、助けられました。3人が交代で来てくれたのですが、みなさんそんな感じでした。当時は、母も激しく興奮する時期で、夜はほとんど眠らず、手をこすりあわせながら、部屋じゅうをぐるぐる歩き回ります。落ち着かない母をなだめて暮らす日々でした。

 

大腿骨骨折をして寝たきりに

image003「いつかラクになりますよ、もう少しの辛抱です」。福祉相談の人に言われたとき、それがどういう意味なのかわかりませんでした。しかし、翌年の1996年に現実のものになりました。母が大腿骨を骨折し、寝たきりになったのです。

 

手術をする選択もあったのですが、母はあまりに落ち着きがなく、入院すら難しい状態。本来は骨折して痛いはずなのに、認知症の人の中には、痛がらない人もいるとか。病院からは「それなら手術はやめましょう」と言われてしまい、結局は関節がつながらず、寝たきりになるしかありませんでした。

 

でも、寝たきりになって、母は変わりました。以前は部屋をぐるぐる回りながら、下からギロっとにらみつけるようなまなざしだったのですが、布団に寝ている母は、童女のようになりました。あいかわらず手はこすり合わせているものの、顔には穏やかな笑みをたたえています。歩けなくなったのはかわいそうですが、かわりに心の平穏を取り戻してくれたのなら、それはそれで、ありがたいことでした。

 

このころから私は、介護家族の会に所属しました。この時点で介護歴が13年。そろそろ疲れも出てきました。ほかの人たちがどういう介護をしているのか、聞いてみたい。そんな思いで会に出席すると、本当にみなさん、さまざまな形で介護に携わっています。悩みや苦しみ、そしてそんな中での小さな喜び。話を聞くだけで共感し、癒されて……。仲間がいることの心強さを感じました。

 

次回は、終末期に向かうお母様の様子をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

O・Mさん(女性 61歳)介護職員
千葉県在住。28歳で結婚してすぐに、母親の認知症を知る。夫の転勤で九州在住になり、首都圏に戻ってきた2年後から母親の介護のために実家へ通うことに。介護にまい進するが、その10年後、夫から離婚を切り出される。以後は母親とふたり暮らしに。その後、寝たきりになった母親と同居を続けて16年、通算26年間の介護生活を送る。現在は介護職員として勤務している。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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