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一晩中、部屋の中を動き回る父。でも徐々におさまって…~介護体験談Mさん2

2016年2月22日

ひとり暮らしの会社員だったのに、母親が倒れ、軽度の認知症の父親を引き取って二人暮らしになったI・Mさん。往復4時間の新幹線通勤をこなしながら、父親との生活を支え、入院する母を見舞う。いったいどんな生活だったのでしょうか。2回目の今回は、そのリアルな父との生活を語ってもらいました。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

朝4時に起きて父親の食事を用意してから出勤

2_1父が家に引っ越してきた夜、私は疲れ果てて眠ろうと思っていました。しかしリビングから、物音が。明かりもついています。布団から出て見てみると、父は何か探している様子。「お父さん、どうしたの?」と聞くと、「あれ、ここはどこだ?」とつぶやきます。「私の家だよ。お母さんが病院に行ったから、私と暮らすことになったんだよね」と話しかけると安心して、「起こしてごめんね。もう寝るよ」と言いました。

 

ほっとして布団に入り、うとうとしかけると、また物音。見に行くと、先ほどとまったく同じことをしているのです。私も同じように話しかけ、布団に入り、また物音……。ほとんど寝ずに朝を迎えました。翌日も、その翌日も、同じことの繰り返し。疲れ果てました。

 

急激な環境の変化に、父は混乱したのでしょうね。後で聞いたら、よくあることだそうです。1週間ほどたって、慣れてきたらおさまったのですが、最初は「これが永遠に続くのか? 認知症の人と暮らすのは、とんでもなく大変だ」と、悲観的になりました。

 

そう、介護って、終わりが見えません。育児なら先が見えているけれど、介護はどんどん症状が悪くなる上、どれぐらいかかるのかも見えません。介護者は不安になります。まして、私は管理職になって、新幹線通勤で片道2時間もかかっていたのです。朝、家を出るのは6時前。夜は家にたどりつくのが8時。慣れない頃は、へとへとでした。

 

父は料理ができませんし、ガスを使うのも不安なので、食事は私が作っていました。朝、昼の食事を作るために、起きるのは朝4時。夕食の分は、週末にまとめて作っていました。

 

父は、何皿か出してもすぐにおなかがいっぱいになります。いわゆる「三角食べ」ができず、何皿か出しても同じ皿の料理ばかり食べて、他のお皿を残してしまいます。だから、栄養バランスがとれるよう、野菜や肉類をひと皿にそろえた食事を工夫しました。

 

私がいない14時間の間、父はひとりっきり。時間を持て余すので、母の病院へ行くことと、小さな買い物を考えて、それを毎日やってもらっていました。必要なことはホワイトボードに書いて、終了したら消してもらうようにしました。また、父はとても几帳面なので、もともと実家の掃除は担当していたのです。なので、日々の掃除もお願いしていました。

 

そのうち、デイサービスも利用するようになりましたが、母の病院に行ってほしいので、利用するのは、せいぜい週に2日程度でしたね。

 

「帰り道がわからない」。勤務中に電話が……

2_2ひとりで出掛けるので、ときどき帰り道がわからなくなることがあります。携帯電話を持っていて、「1」を押せば、私と電話がつながるようにしていました。ときどき、勤務中に電話がかかってきて、「今、どこにいるのかわからない」と。そんなときは、「今、どんなものが見える?」と聞いて答えてもらい、その目標物からどう歩けばいいのかを教えることもありました。そんな日はちゃんとたどり着いたのか、心配になります。でも、だからといって、帰るわけにはいきません。悶々とするときもありました。

 

近くに住む妹は、朝新聞を届け、夕方、仕事から戻るとその新聞を引き取りがてら、もう一度父を見に行く、ということをやってくれていました。妹は、決まったことはできるけれど、父の行動をおもんばかってお世話をするのが苦手でした。だから、結局私がやることが多くなっていました。今思えば、最初から妹にもっと手伝ってもらえばよかったのかもしれないけれど、私は、ついつい自分でやってしまう性分。自分にも責任があるのでしょう。

 

夜、家に帰ると、父は私を待ち構えて、あれこれ話しかけてきます。そりゃ、妹が来る数分の間以外は、ほとんどひとりでいるのですから、話したくもなりますよね。疲れていても、それを聞いてあげるのが、私の役割です。そして入浴後、以前は持ち帰った仕事をやっていたのですが、遅い時間までやっていると、父が「まだ起きているのか?」と何度も尋ねてきます。一緒に眠ってほしいんですよね。何度も何度も起きてくるので、ついに家で仕事をするのもあきらめました。

 

父のために4時に起き、父のために早く眠る。自分のための時間なんて、まったくありませんでした。唯一、自由になれるのは、電車に乗っている時間。新幹線通勤はつらい、と思っていましたが、思えば、通勤の片道2時間の間だけが、私の自由時間でした。新幹線なので座ってゆっくりしていられます。自分の朝食と夕食は新幹線の中でとると決め、ゆっくりくつろぎ、本を読んだり、仕事の見直しをしたりしていました。あの時間がなかったら、私の気持ちはもっとすさんでいたかもしれません。

 

しかし、父だって、寂しかったし、たったひとりで毎日、必死に生活していたのでしょう。私以上に、父は不安だったと思います。

 

「認知症の方は、徘徊などの問題行動がある」とよく言います、けれど、「問題行動」と思うのは、介護しているほうの立場からの見方です。認知症の人は、それなりの理由があって、歩き回ったり、何かを口走ったりするわけです。介護するほうが、認知症について正しく理解し、適切な対応をすれば、穏やかに過ごしてもらえるんだろうな。やがて、そんなふうに思えるようになって、認知症に関する書籍を読み、勉強するようになりました。

 

次回は、Mさんが認知症や傾聴の勉強を始め、やがて認知症カフェを開くにいたる道のりをお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

I・Mさん(女性 51歳)会社員
千葉県在住。父母のもとを離れ、マンションを購入してひとり暮らしをしていたが、母親が脳梗塞で倒れ、母の看護とともに、軽度の認知症の父を引き取ることに。2時間の新幹線通勤を2年半続け、その後、父親はグループホームに。以後、家から比較的近い支所に異動したものの、週末は父親と過ごし、母親を見舞う日々に。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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