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介護の担い手の母が倒れ、認知症の父を引き取ることに~介護体験談Mさん1

2016年2月15日

親元を離れ、仕事に生きていた40代独身女性の身に降りかかった、突然の介護。母親が脳梗塞で倒れて寝たきりになり、「まだそんなに重くない」と思っていた認知症の父親を引き取ることに。もともと新幹線を使っての遠距離通勤だったのに、母親の見舞いと父親の介護が加わり、日々時間に追われ、体力的にも精神的にもきつくなるI・Mさん。どんなやりくりで介護を続けられたのでしょうか。4回に分けて、じっくりうかがいます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

まさか母親が脳梗塞で寝たきりになるなんて……

1_165歳で定年し、自転車を管理する仕事をしていた父。シルバー人材センターに紹介してもらった近くの駐輪場で、月ぎめのお金を預かるなどしていました。しかし、勤務して13年が過ぎた頃、「収支が合わない」「スペースがほかの人と重なっている」などの指摘を受け、軽い認知症が発覚しました。その仕事をやめ、家で過ごすようになって以来、父のことは、同い年の母がずっと看ていました。

 

父の面倒は、いつか私や妹が看なければならないとは思っていました。だから、実家を出てマンションを購入したときも、両親と住めるように、3LDKを選択したのです。結婚した妹は、私のマンションの隣に居を構え、いざというときには協力する態勢を整えました。

 

しかし、私のイメージでは、同居したとしても、父の身の回りの世話は、なんとか母がやってくれる、というものでした。母は、若い頃から糖尿気味で心臓も弱く、何度か入院をしたことがあり、骨折もして足元がおぼつかないのですが、近くへの買い物や家事には支障がありません。頭もしっかりしていますし、気丈な人なので、少しぐらい病気があっても、家事や父の世話など、軽々とできるだろうと踏んでいたのです。

 

2011年2月の土曜日、父から電話がありました。「お母さんの様子がちょっとおかしい。足が石のように重くて、起き上がれないみたいなんだ。しゃっくりが止まらず、水も飲み込めないみたいだ」と。

 

そんなことは「よくある体調不良」だと思っていました。でも念のため、知り合いの介護士さんに、もう少し詳しい症状を言って、聞いてみることにしました。すると彼女は「ちょっと待って。うちの看護師に聞いてみるわ」。そして、折り返しの電話がかかってくると、「脳梗塞の症状と似ているそうですよ。問題があってもなくても、とにかく受診したほうがいい。ヘタに動かすと危ないから、救急搬送してもらいなさい」との答えでした。

 

半信半疑、119番に電話をして、救急搬送してもらいました。行先は、母がこれまで糖尿やら心臓やらでお世話になっている病院。気心が知れていますし、母にも意識はありましたから、「大げさですみません」というような気持で、私も病院へ向かいました。

 

しかし、病院での返答は、予想もつかないほどの重さで私にのしかかりました。「お母様は、脳梗塞です。状態があまりよくありません。生きていられるかどうかの瀬戸際です」

 

結局、一命はとりとめたものの、寝たきりになり、発語もない状態に。意識はあり、人の言うことはわかるのですが、二度と起き上がることはできないとのことでした。

 

往復4時間の通勤をしながら父親と母親の世話を

1_2この日から、私の日常は一変しました。まず、母の入院の対応、そして父を急きょ、引き取ることになりました。父は、一応、ひとりで食事をしたり、でかけたりはできますが、日付がわからない。お金の計算も間違える。母がいなくても一人暮らしができるとは、到底思えません。父に話して、私のマンションに引っ越してもらうことにしました。

 

運が悪いことに、会社では異動があったばかりでした。管理職試験に合格し、これまで1時間以内で通勤できた職場から、関東のはずれの支社へ。本来なら、支社のそばにアパートを借りて移り住むつもりでした。その前に暫定的に新幹線通勤をしていたのですが、父を引き取り、母を見舞うとなれば、今のマンションを離れるわけにはいきません。新幹線通勤を続行することにしました。片道2時間。通勤時間としては限界です。でも、どうすることもできませんでした。

 

とりあえず、介護休暇を取ろうと思いました。上司に相談すると「有休が消化ができないほどたまっているでしょう? どうせ3月末に有休は消滅していまうんだから、それを使って、とりあえず1カ月休んでみたらどうですか?」と。ありがたい言葉です。職場のほうは、前任者との仕事の引継ぎの途中で、バトンタッチするまであと5カ月もあります。前任者も「今はご家族のために時間を使ってください。仕事を全部請け負ってもらうのは、まだまだ先ですからね」と言ってくれました。おかげで、とりあえず母の入院その他の手配と、父の引き取りのためにひと月を使うことができました。

 

また、その3月には東日本大震災が起こり、オフィスのある地域は計画停電に。パソコンが使えない時間帯が多く、「その間は家に戻っていていい」というありがたい上司の心遣いもあり、合計すると2カ月近くを、介護や看護の時間に充てることができました。

 

しかし、実際に2カ月近く休んでみても、決して楽ではありませんでした。病院との話し合い、母親の胃ろうの処置、父親の引っ越し。父母の家は賃貸で、母はこの後も賃貸の家に戻ることはないだろうと思ったので、父母の家を引き払うという大仕事もありました。家財を片付け、賃貸契約を解除するまでには、膨大な作業がありました。

 

この間に、母の要介護認定も行いました。父を連れて、母の病院で行ったのですが、認定員さんがおずおずと、「お父様も認定をされたらどうですか?」と。まだ介護保険を使うほどではないと思っていましたが、その後の認定調査で、父は要支援2に。そして母は、要介護5になりました。

 

次回は、父親との生活をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

I・Mさん(女性 51歳)会社員
千葉県在住。父母のもとを離れ、マンションを購入してひとり暮らしをしていたが、母親が脳梗塞で倒れ、母の看護とともに、軽度の認知症の父を引き取ることに。2時間の新幹線通勤を2年半続け、その後、父親はグループホームに。以後、家から比較的近い支所に異動したものの、週末は父親と過ごし、母親を見舞う日々に。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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