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【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

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有料老人ホームを気に入り、楽しみにしていた叔父~介護体験談Yさん3

2016年2月1日

配偶者も子どももいない独身男性であるYさんの叔父。お母さんのすぐ下の弟なので、幼少の頃からかわいがってもらったため、すい臓がんになったと聞いて、驚愕しました。そして、叔父のきょうだいとともに、ごく自然に介護に関わるようになりました。入院中は足しげく通い、退院後の住まいである有料老人ホームも探して準備していましたが、叔父は急速に体力を失ってきました。

 
*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

食欲もなく、衰弱していく叔父……

3_1発見したときにはすでに手遅れになっていることが多いというすい臓がん。気丈で前向きな叔父の場合も、病魔は襲います。家から救急搬送で病院に舞い戻った叔父は、みるみるうちに弱っていきました。

 

ラドン温泉に出かけたときは、あんなに食欲があったのに、倒れてからは病院の食事をぜんぜん食べられないようになってしまいました。私は父の介護をしたこともあり、重い病気にかかって食欲がなくなると、死に向かうことが多いと感じていました。だから、叔父の食欲がなくなったときに、なんとかして食べてほしいと願いました。

 

病院側も、「ご本人が食べたければ、何を食べてもいいです。衰弱しないことのほうが大事です」と言ってくれたので、食事時間に合わせて叔父の好物を持っていきました。でも、食べられないのです。すまなそうな顔をする叔父が気の毒で、それからは、特に何も持っていかない日も増えました。しかし、叔父の衰弱ぶりは目を覆わんばかりです。なんとかひとさじでも食べてほしい……。

 

私はいろいろな本や情報を集め、亡くなる間際でもおいしく飲めるスープの情報を得ました。季節の野菜と米をコトコトと煮て、なにもかもがやわらかくなったら、ていねいに濾すスープ。祈るような気持で作り、病院に持っていきました。すると、「おいしい」と言ってくれたのです。ずっと何も食べられなかった叔父がひとさじひとさじ、じっくりと味わい、やがて飲み干してくれて。感激し、涙が出そうでした。作って行ってよかった、としみじみと思いました。

 

帰りがけ、叔父はカテーテルをガラガラと押しながら、エレべーターのところまで私を送ってくれました。「スープ、ありがとう。おいしかったよ」。それが、叔父の最期の言葉でした。

 

有料老人ホームに行くことを「希望」と考えて

3_2叔父が亡くなってからしばらくの間、立ち直ることができませんでした。あのとき、喜んでくれたのはよかったけれど、ちゃんと叔父に言葉をかけなかった。最期なのに、叔父を見届けなかった。もっと病院に行って、一緒に話をすればよかった。あの日に失うことがわかっているなら、やっておくことがたくさんありました。

 

パンフレットを取り寄せて、叔父とあれこれ相談しながら決めた有料老人ホームにも、結局、契約直前で縁が絶たれました。そろそろ契約をしようと思っていた矢先。ホームの担当の方も残念がっていました。

 

叔父はこの老人ホームをとても気に入り、「早くホームに入りたい」と言うほどでした。叔父にとっては、ホームは「しかたなく行くところ」ではなく、「自分が楽になり、世話してもらえるありがたい場所」という認識でした。だから、叔父は老人ホームのことを話すのが大好きだったんです。私がお見舞いに行く日は必ずホームの話をしました。ホームに行くということは、病院を出るということ、病気から解放される証、希望の象徴だったのかもしれません。

 

叔父の葬式は、親族中心の小ぢんまりとしたものでした。事業を展開していましたが、決まった業者さんとだけのお付き合いだったようで、大きな式をする必要もなさそうでした。

 

ただ、何かと中心になってくれた叔父の次兄と相談して、「ひたむきに自分らしく生きた叔父に、尊敬と感謝を込めて、花をたくさん飾ろう」と決め、祭壇を花でいっぱいにしました。最期のこのときを、輝かしいものにしたかったのです。私は、お茶をいれたり、葬儀社や住職さんへの対応をしたりと、こまごまとしたことを担いました。叔父のためにしてあげたくてできなかったことを悔いながら、せめて、という気持ちで、できるだけテキパキと動き回りました。

 

ほんの3カ月間の介護は、あっけなく終わってしまいました。もっとお世話をしてあげればよかった……またまた悔いが残りました。

 

でも、もうひとつやることがありました。それは、叔父のマンションの片付けでした。何度か荷物を取りに入ったとき、やはり男の一人住まいだな、と思いました。そして実際、とても時間がかかりました。

 

最終回の次回は、財産の分配や家の片付けなど、死後のお世話についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 
*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

Y・Oさん(女性 52歳)主婦
埼玉県在住。自身の叔父(8人きょうだいの母親のすぐ下の弟)を介護。不動産の売却、老人ホームの契約などを手伝う。自身は夫、成人したふたりの子どもとともに暮らしている。叔父は介護を始めて3カ月で他界。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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