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男一人での介護。徘徊する妻を見かねた周囲に教えられ~介護体験談Tさん2

2015年12月28日

5歳上の妻が、どうもおかしい。うすうす気づいたものの、現実を直視するのも恐ろしく、長い間放置してしまったというT・Uさん。男性にはありがちなのかもしれません。では、とことん困ったときにどうするのか。周囲のひとことが、Tさんと妻を救ったようです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

タンスの整理をするうちに、ものがなくなる。財布をいくつも無くしたり…

2_1妻が夜な夜なタンスの整理を始めたのは、当時37歳の息子の就職が一段落したときでした。息子は元来、明るい性格ですが、うつ病の傾向がありました。それというのも、先輩に厨房で刃物を向けられたことに原因があります。

 

息子は大学を出たのですが、サラリーマンになりたくなかったのか、フリーターのような生活をしていました。そしてしばらくすると、私と同じ料理人の道を選んだんですね。しかし、料理の世界は徒弟制度のような関係があり、先輩の言うことには、一も二もなく従わなければならない。理不尽な命令に従っているうちに我慢ができなくなった。でも、先輩から「態度が悪い!」と怒鳴られて。しまいには、つかみ合いの大ゲンカになり、包丁を突き付けられ、首元から血を流しました。

 

この経験があった後、息子はうつ病がひどくなり、家から出られなくなった。何とか引きずり出して病院に連れて行ったのですが、今度は強い薬で体を壊す。幻覚を見たとのことで入院させられ、外から鍵をかけられて、ますます病状はひどくなるばかりです。
でも、妻と相談して息子を退院させ、知り合いのいる海外で仕事をさせたら、気持ちが晴れたのか、すっかりよくなりました。好きな女性ができ、結婚もして、ようやく落ち着いてほっとした矢先だったのです。

 

妻は、息子に心を痛めていました。なんとかしてやりたいと病院に連れて行ったのに、監禁状態になって苦しむのを見たときは、涙を流し、自分を責めました。今思えば、そのころから多少、認知症の傾向もあったのでしょうし、その上に息子のことでストレスがかかったのだと思います。息子の問題が解決すると、放心したように座り込んでいる姿も何度か見ました。肩の荷が下りたら、自分を緊張させるものがなくなって、脳のほうも機能が悪くなったんでしょうか。無心にタンスの整理をしていると、心が落ち着いたのでしょうか。

 

ただ、タンスの整理をするだけでは終わらなかった。タンスの中のものを整理して、タンスにしまうだけなら害はないのですが、あちこちに入れ替えるうちに、物がなくなってしまうのです。羽振りが良かった頃は、妻にいくつも宝石を買ってやったのですが、それもいつの間にかなくなっている。現金もなくなりました。

 

お金がないと困るだろうからと、僕はいつも、妻に3万円程度お金が入っている財布を渡していました。1つなくすと困るだろうから、2つ渡していたんです。しかし、どちらもすぐになくなるのです。落としてきてしまうこともありますし、同じ物をいくつも買って、散財してしまうこともある。醤油もみそも、1ダースも買ってありました。

 

トイレに札束を入れるからつまる

2_2妻はもともと、金勘定にはうといほうでした。ホールに出てお客さんの相手をするのはうまかったのですが、経理は苦手で。だから、今うちにいくらお金があるのかわからない。銀行に行って、多すぎるほどのお金をおろしては、なくしてしまうのです。ある日、トイレが詰まって困ってしまい、つまりを取ろうと思ったら、お札がギューギューに詰め込まれていて、本当に驚きました。

 

そんなことをしていたら、家計も成り立ちません。本人も不安になるのでしょうね。妻は突然交番に駆け込み、「お金がないんです、どうしたらいいでしょうか?」と訴えることがしょっちゅうでした。そのたびに交番から連絡があり、迎えに行きました。

 

とはいえ、どうしたらいいかわからずに、どこにも相談することもなく1年経ちました。妻は、そんな状態でも自転車に乗ってふらふらと出かける。帰り道がわからなくなって保護されることを繰り返していました。

 

普通なら、驚いてすぐに病院に連れていくなり、親戚などに相談するのでしょうね。しかし、私は当時、飲食業が忙しかったし、あまり物事を深く考えるほうでもなかったのです。何度も何度も駆け込む妻を、心配したのは、むしろ交番のおまわりさんでした。「家にお帰しするという対処だけでは、また駆け込んでこられます。そろそろきちんと看護したほうがいいと思います」と、訪問看護ステーションを紹介してくれました。

 

訪問看護って何だ? 当時はまったくわかりませんでした。でも、行けば今までよりましな状態になるのなら、と妻を連れて行きました。すると、ケアマネジャーさんがいて、あれこれと相談にのってくれ、「まずは要介護認定を受けましょう」と言ってくれました。そして、生活保護も受けるように言われました。

 

当時、我が家には、まったくお金がありませんでした。一時はレストランを経営していましたが、バブルがはじけて、店もたたむことになりました。その後もあちこちでシェフとして働いていましたが、妻がお金をなくしてしまうし、私自身が、ガンになって治療費もかさんでいたのです。前立腺ガンでした。

 

本当は手術をしたほうがよかったのでしょう。末期ではなかったので、手術もできましたし、そのほうが短期間で治すことができます。しかし、すでに妻をひとりではおいておけない状況でした。まして、夜、僕がいないとなれば、外に出て探しかねません。僕が不在なのに徘徊するところを想像すれば、とても入院なんてできませんでした。それで、在宅で放射線治療に通うことを選びました。

 

治療には3か月かかりました。放射線治療の治療費が高く、お金がどんどんなくなっていきました。手持ちのお金であと何日もつのだろうか? そんなことを考えながらお酒を飲んでも、ちっとも酔えませんでしたね。自分では質素にしていたつもりなのですが、貯金が底をつきました。妻をケアするためにも、お金は必要。思い切って生活保護を受けることにしたのです。

 

次回は幻覚に悩む妻についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Uさん(男性 75歳)飲食業
東京都在住。70歳のときに5歳年上の妻が認知症に。妻の行動に驚きながらも介護の知識が乏しく、要介護認定を受けたのは1年後。その時点で要介護1だった。妻の行動に驚きながらも策を講じることができず、悩んでいたところ、認知症の家族会に出会い、救われた思いに。遊び好きな性格だが、今はできるだけ妻のそばにいて、いい思い出を作ってあげたいと思っている。3か月前に都営住宅に転居し、転居先の自治体のケアマネジャーにアドバイスを受け、週に3日、妻をデイサービスに通わせる。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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