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妻が認知症かも?でも介護の仕方が分からない~介護体験談Tさん1

2015年12月21日

飲食業に従事し、奥さんと二人三脚でレストランを経営していたこともある、T・Uさん。しかし、知的で魅力的な年上女房は5年ほど前、認知症に。「よく働き、よく遊ぶ」華やかなTさんにとって、妻の介護は青天のへきれき。しかし、これまでの罪滅ぼしのような形で、手探りの介護が始まります。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

夜な夜なタンスの整理を始めた妻……

1_1認知症という言葉は聞いたことがあるけれど、それが自分に関係するなんて、思ってもみませんでした。だから、妻が認知症になったことも、最初は気づかなかった。

 

ある日、家に帰ると、妻はタンスの中をかき回していました。「何してるんだ?」と聞くと、「うん、洋服の整理」。まあ、それも大事だな、と思ってそのままにしていたんですが、翌日も、その翌日も、帰ると同じことをやっているんです。
「うちの奥さん、どうしちゃったんだろう……」。当惑し、「おい、いつまでやってるんだ!」と怒鳴ってしまいました。すると、妻は茫然とし、手を止めたのです。

 

それでも、特に何か策を講じたわけではありませんでした。当時、私は70歳、妻は75歳。ボケちゃったのかな、と思いましたが、ボケたとしても、どうしようもなかったんですね。なにしろ、私にはまったく医学の知識がなかったんですから。私は料理人で、料理の世界しか知らない。僕の周囲の人たちも、料理と遊びしか知らないような人たちばかりです。

 

長崎の中学を卒業して、自分の父親と同じように料理人になりました。父親が外国人で、ちょっとした差別も受けました。だから、この世界で身を立てて、一発当てようという思いも強かったですね。上京して、まずは住み込みで5年働きました。それから、ホテルの厨房に入り、腕を磨きました。

 

ちょうどその頃、故郷の知り合いから電話が入り、デパートで長崎の物産展を1週間やるから仕切ってくれと。これは儲かる、と思って借金をして400万円をかき集めて、物産展をやったんです。しかし知人にだまされました。物産展が終わったら、その知り合いは売上を持ち逃げ。連絡がつかなくなった。多額の借金を抱え、途方にくれました。いくらか返しましたがとても返しきれない。完済できないままロサンゼルスに逃げるように飛びました。

 

現地では、スチューデントビザの範囲で働きました。初めての海外、アメリカの活気。おもしろくてたまらなかったですね。仲間といっしょに、「今度はドイツに行って、ひと旗あげよう」なんて話もしていたのですが、先立つものがない。ならばビザも切れることだし、日本に帰って稼いでからにしよう、と帰国して勤務したのが、銀座のデパートの食堂でした。そこで妻が、ホール主任として働いていたんです。

 

結婚してレストラン経営した頃は、浮気が止まらない

1_2カッコいい女性でしたよ。テキパキしていて、お客様にも信頼されていました。勤務中は制服でしたけれど、着替えると、ものすごくおしゃれでね。物知りで、頭の回転が速くて。たちまち惚れました。僕が31歳のとき、36歳でしたから、けっこうなベテランです。彼女は年齢を隠していたので、知ってびっくりした。けれど、彼女を自分の妻にできるなら本望だと思ってね。1年後にはプロポーズして、結婚しました。

 

彼女は、最初から、自分が年上だということを気にしていました。まあ、僕が浮気性だということを、見抜いていたんでしょう(笑)。あちこちの女性に手を出すもんだから、心配してね。でも、心配されても、人間、変われるわけではないですから。ちょいちょいとね、悪いことはしましたね。…スミマセン、若気の至りです。悪い男でしたね。

 

ただ、結婚してすぐに子どももできましたから。家族にもいい思いをさせたいでしょう?
勤めを辞めて、ふたりで店を持とうということになりました。当時はバブル真っ最中。借金して開店したのですが、すごく繁盛したんですよ。最初は10坪の小さな店でしたが、だんだん広くなって、50坪になった。ホールで40席、宴会場は30席ありましたからね。最盛期には、1日40万円の売り上げがありました。妻は生まれたばかりの息子の世話をしながらホール係をし、店の繁盛に貢献してくれました。

 

しかし、儲かれば、遊んでしまうのが、男の性でしょうか。飲む、打つ、買うが止まらなくてねぇ(笑)。ランチ営業が終われば、店をもうひとりのシェフに任せて、飲食店仲間と誘い合って雀荘ですよ。夜中じゅう遊んでタクシーで帰って、の繰り返し。乳飲み子を抱えていた妻は、やきもきしたでしょうね。でも、自分が年上だという負い目があったのか、我慢し続けていました。今思えば、そうした我慢が、年を取ってからの認知症に関係したのかなぁ、なんて思うんですけれどね。

 

次回は、妻が認知症になった当時の状況についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Uさん(男性 75歳)飲食業
東京都在住。70歳のときに5歳年上の妻が認知症に。妻の行動に驚きながらも介護の知識が乏しく、要介護認定を受けたのは1年後。その時点で要介護1だった。妻の行動に驚きながらも策を講じることができず、悩んでいたところ、認知症の家族会に出会い、救われた思いに。遊び好きな性格だが、今はできるだけ妻のそばにいて、いい思い出を作ってあげたいと思っている。3か月前に都営住宅に転居し、転居先の自治体のケアマネジャーにアドバイスを受け、週に3日、妻をデイサービスに通わせる。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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