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介護で家族がより結束。私にも意外な仕事の道が開けて~介護体験談Mさん3

2015年11月9日

脳梗塞で言語中枢を損傷し、言葉が出なくなったお父様を支えるために実家に舞い戻り、介護してきたM・Uさん。しかし、数度の発作で、お父様の病状はさらに悪化していきます。3回目の介護体験談は、その都度、仕事の仕方や生活も変えながらがんばってきた彼女の生き方にも注目します。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

発症後5年で寝たきりの状態に

3_1言語のリハビリで言葉がだいぶ出るようになり、杖をつけば歩けるようにもなってきた父。手が動きづらく、言葉が出てこないので、イライラしてスプーンを投げつけるようなことはありましたが、やさしい父の性格は変わることはありませんでした。

 

私は少しでも父の気持ちを和ませようと、さまざまな話をし、元気のあるときは、車であちこちに連れて行きました。ふたりで過ごす時間を大事にしたかったのです。また、調子がよくなさそうなときは、早めに足のマッサージをして血液の循環をよくし、水を飲ませて落ち着かせるなど、小さな気配りを続けてきました。母もまた、介護の二番手として頑張り、家事をすべて請け負い、父とふたりで暮らしていたときより、ずっと強くなりました。私と母と父。そして、出来うる限りやってきてくれるふたりの姉。父を中心に、家族の絆も深まってきました。

 

しかし、数度の小さな発作を繰り返し、父の体力も気力も徐々に弱まっていきました。

 

脳梗塞になって5年が過ぎた頃、また発作の前兆が起こりました。いつもの大学病院に救急車で運んでもらおうとしたのですが、ベッドがあいていなくて難しいと言われ、提携病院に運ばれました。いつもの病院ならテキパキと処置をしてくれるのですが、慣れない患者に戸惑ったのか、処置が遅れ気味だったように思えて……。嫌な予感が的中し、この病院で急に病状が悪化しました。

 

処置が終わって病室に運ばれたのですが、いつまでも眠ってばかり。記憶も急にあいまいになり、気力も急に落ちてきました。そして、その後はなかなか起き上がれない、寝たきりのような状態になってしまいました。

 

病院でも一生懸命にリハビリに付き添いましたがよくならず、病院から「退院後は介護用のベッドを入れたほうがいいですね」と言われました。3カ月後の帰宅は車椅子で、要介護認定は4でした。

 

人材派遣や足つぼマッサージの講師を始めて

3_2この頃には、私は仕事として音楽に関わることはあまりなくなっていました。父が最初の発作を起こす前から、並行して人材派遣の仕事もしていました。自分も含め、ミュージシャンや俳優は、その都度仕事をもらうので、収入が安定しません。アルバイトで生活費を補填する人が多いので、そのアルバイトの斡旋をしていました。背筋が伸び、発声や笑顔もいい彼らは、住宅展示場の案内や企業の受付などにピッタリ。お客様からも好評です。

 

仕事もたくさん舞い込みますし、責任問題も生じるので、父の在宅介護をすることになってからは、株式会社を立ち上げ、派遣業主としてやっていこうと決心しました。この仕事は電話やパソコンがあれば、どこにいてもできます。もと住んでいたアパートを事務所にし、実家と事務所を往復しながら、仕事を続けました。自分の都合に合わせやすいので、音楽の仕事より人材派遣業がメインになっていきました。

 

また、入院していた病院で私が父に足ツボマッサージを施していると、看護師さんが興味を持ってくれました。何人もの看護師さんが「入院中の患者さんのご家族にもしてあげたいから教えて」と言うので、看護師さんに集まっていただいて、何度か講習会もしました。

 

私はゾーンセラピーといって、ツボを押して癒してもらうようなサロンに10年ほど通っていました。サロンの先生からも施術を習い、先生とともにホスピスでマッサージを施していました。父が在宅介護になってからは、教室でも教えるようになり、人材派遣とともに、足ツボマッサージ講師が仕事としても成立し始めていました。

 

音楽の仕事ができなくなったことなどを、「お父さんの介護の犠牲になった」と言う人もいますが、私はそんなことは感じていませんでした。人材派遣の会社を作ったり、足ツボマッサージ講師の仕事を始めたり、自由にやっていましたし。姉への報告を兼ねてイギリスに行くなど、息抜きもちゃんとしていましたから。仕事と遊びと介護は、バランスよくできていたと思っています。

 

ただ、父の病状が悪化して、父と話せなくなってからは少しつらかったですね。父と私はとても仲が良くて、若い頃は一緒に出勤していた時期もあったぐらいなのです。さまざまな悩みも父に話して解決してもらい、父との会話が私の癒しでもありました。

 

次回は、療養病院に入院するお父様を見送る様子をお伝えします

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

M・Uさん(女性 50歳)派遣業主
東京都在住。30歳のときに父親が脳梗塞で倒れ、母親、姉とともに介護を始める。当時父親は66歳。いつしか介護のキーパーソンとなり、父親に寄り添うようになる。ミュージシャンとしての仕事をセーブし、ミュージシャンや俳優のアルバイトの仕事を斡旋する派遣業を主な仕事とする。父親に施していた足ツボマッサージを入院中の病院の看護師に教えたことをきっかけに、足ツボマッサージの講師としても活躍。17年間闘病した父親は3年前に他界。現在独身。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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