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大好きな父が脳梗塞に。呼吸停止し、1カ月眠り続けて…~介護体験談Mさん1

2015年10月26日

突然、父親が倒れてから17年。M・Uさんは介護を続けました。17年の介護…言葉に尽くせぬ長い期間です。しかしその時間は、関わる家族みんなを成長させ、大切なものを残していました。当初は実家を離れ、一人暮らしをしていたMさんは、介護を機に同居を始め自宅で最後まで看取ります。30歳から47歳までの女性としての多くの時間を父親に捧げた彼女の軌跡を、4回に分けてたどります。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

父が壊れた。練り歯磨きをパンにつけて……

1_1クリスマスイブの朝、母から突然、電話がかかってきました。「お父さんが変なの。すぐに来てくれない?」 私は音楽の仕事をしていて、この時期、バンドの全国ツアーのコーラス隊としてステージと移動を繰り返していました。この日も、地方に向けて出発する予定でした。でも、尋常ではない母の様子で、父の危機が迫っていることを察し、ステージを後輩に任せる手配をして、実家に急いで向かいました。

 

すると、父がやはり変なのです。妙にヘラヘラと笑い、食パンに練り歯磨きを絞ってつけている。トイレに入るとずっと出てこなくて、様子を見にいくと、「おい、どうやって流すんだ?」とボーッとしている。これはいつもの父ではない、でもどうしたら……? すがるような思いでかかりつけの内科医に電話をし、父の様子を伝えると、緊迫した声で「今すぐ救急病院に向かってください!」と言われました。

 

タクシーをつかまえて、母と付き添って大学病院に向かうのですが、途中、「気分が悪い」と何回か吐いて。そのうち、泡を吹いたので、私も母もパニックになりそうでした。
「お父さん、お父さん、もうすぐだから!!」

 

病院に着くとあわてて車椅子に乗せて診察を受けたのですが、問診している間に意識を失い、ストレッチャーに乗せ換えて治療室へ。呼吸停止の緊急事態です。でも、看護師さんに「申し訳ありませんが、今日は週末に学会が重なって、医師が足りません。専門医も不在です」と言われ、目の前が真っ暗に。結局、たまたま病院を訪問していた別の大学病院の医師が、病院側から懇願されたようで、私服のまま父を心臓マッサージしてくれました。

 

母や駆けつけた真ん中の姉は号泣し、錯乱状態。緊急治療の邪魔になるからと、「おふたりには別室で休んでいただいてください。付き添いはあなただけで」と言われ、私だけが付き添いました。

 

汗をポタポタ流しながら心臓マッサージをする医師に、「手足をさすって血液を流してください!」と叫ぶように言われて、父に駆け寄り、手を、足をさすります。

 

父はこのときまだ66歳。独立行政法人の職員として働いていました。それぐらい元気だったのです。前の晩には、ロンドン在住の一番上の姉のことを話し合い、姉にやってあげたいことなどを、私と話していたのに――。私もポロポロと涙を流しながら、冷たくなりかけている父の手足を必死にさすり、「どうか、どうか生きて! お願い!」と念じ続けました。

 

医師の熱意と適切な処置のおかげで、父は命を奪われずにすみました。けれど、その後1カ月間、年を越えてもこんこんと眠り続けたのです。

 

意識が戻るまで、1カ月病院に泊まり込み

1_2父に妹のように可愛がられ、少女のようなところのある母は、父のこの事態をうまく受け止められませんでした。意識を失って寝ている父にしがみついて離れず、治療の妨げにもなってしまって。完全看護の病院なのに帰ろうとしない母を見かねて、病院は簡易ベッドを入れてくれました。が、それでも母は父から離れません。食事さえとらないのです。母を落ち着かせるためにも、私は昼も夜も、病院に通い続けました。夜は簡易ベッドで眠る母の横で、座椅子で寝るしかありませんでした。

 

小さい頃から歌手を目指していた私は、19歳のときにオーディションに合格し、二人組のアイドル歌手としてデビュー。残念ながらあまり売れることなく解散し、その後はひとりで小さなコンサートで歌ったり、バンドや有名歌手のバックコーラスの仕事で音楽に関わってきました。しかし、それでも収入は不安定、別の仕事も掛け持ちでした。

 

そんな中で、人気絶頂のバンドのコーラスの仕事を断ってしまった私。そして、父の目が覚めるまで、ステージに立つことはまず無理です。こんな状態だと、次の仕事もなかなかできそうにない……。でも、家族にとことん優しかった父を思えば、目先の仕事はどうでもいいように思えました。父の意識が戻るまで、ただ、そばにいてあげたい。そんな思いでした。

 

そして1カ月たったある日、突然目を覚ましました。私も母も、大声で叫ぶほど歓喜しました。父はベッドで座れるほど、体は元気でした。けれど、次の瞬間、別の失望がやってきました。父は、新聞を逆さまにして「読んで」いたのです。

 

次回は、自宅に帰ってからの献身的な介護についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

M・Uさん(女性 50歳)派遣業主
東京都在住。30歳のときに父親が脳梗塞で倒れ、母親、姉とともに介護を始める。当時父親は66歳。いつしか介護のキーパーソンとなり、父親に寄り添うようになる。ミュージシャンとしての仕事をセーブし、ミュージシャンや俳優のアルバイトの仕事を斡旋する派遣業を主な仕事とする。父親に施していた足ツボマッサージを入院中の病院の看護師に教えたことをきっかけに、足ツボマッサージの講師としても活躍。17年間闘病した父親は3年前に他界。現在独身。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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