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入居待ち当たり前の「特養」にすんなり…なぜ?~介護体験談Iさん2

2015年10月5日

60 歳を過ぎて元気に働いていた夫が、若年性レビー小体型認知症になり、急速に進行。幻覚、失神、失禁、そしててんかんのような症状……。必死に介護する妻のI・Rさんに、医師や相談員がホームの入居をすすめました。今回は、どのような経緯で、入りにくいと言われる特養にスピーディーに入れたのかも合わせてお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

ベッドが大きくバウンドするほどのけいれんが…

2_1文字が書けなくなり、車の運転も歩くことさえコントロールできなくなった夫。夫はまだ体力があるだけに、介護はとても大変でした。しかし、若年性認知症であったので、65歳以下でも要介護認定を受けることができました。それで、デイサービスに通えたのです。自宅のマンションの前には、デイサービスの送迎車が入って来ることができず、途中までは本人を支えながら歩かせなければならなくて、それが一番大変でした。階段などで困ってしまうこともありましたが、とにかくデイサービスに行ってくれるだけでも、少し体が休まりました。

 

ただ、夫は家で、頻繁に意識障害を起こしました。お風呂上がりに失神や失禁をすることが多く、それも心配の種でした。かかりつけ医に「早晩、家で介護できなくなりますよ。特別養護老人ホームはなかなか入れないから、早めに申し込んだほうがいいですよ」と言われ、特養の申し込みもしました。けれど、意識障害はしばらくすると改善されますし、まだまだ家で介護できると思っていました。が、ついに、大きな意識障害を起こしたのです。

 

発病して4年ほど経った頃でしょうか、平成16年の春です。朝4時頃、目覚めたようなので、「トイレに行きたいの?」と声をかけました。行くのなら私が介添えしないといけないからです。しかし、本人が「違うよ」と言うので、私がトイレに行って戻ってきたのです。すると、不審な大きな音とともに、ベッドが大きく上下するほどのけいれんを起こしているのです! 大声で叫んで名前を呼んでも答えません。意識はまったくなく、体だけが動いていて、オカルト映画のような光景の中、ふるえる指で電話をし、救急車を呼びました。

 

近くの総合病院に運ばれてCTとMRIを撮りました。しかし、大きな損傷はなく、このまま1週間くらい様子をみて退院しましょう、と言われました。でも結局、退院の日になるとけいれんが起きます。また、退院を延長して……を3回繰り返す頃には、病院の相談員さんが、「もう自宅は無理でしょう。この病院には、長くいることはできませんから、療養病院に転院しましょう。そして、少し回復されたら、特別養護老人ホームに移ったらどうですか?」と言ってくださいました。

 

正直言って、ほっとしました。ベッドが上下するようなけいれんを見て、自分ではどうにも介護できないことを悟りました。ただ、療養病院に入ってしまうと、病人のようになってしまいます。できれば特別養護老人ホーム(特養)で過ごしてほしいと思っていたので、療養病院は「特養待ち」のような形で入院したいと、お願いしました。

 

療養病院から特養を紹介され、無事入居

2_2実は、総合病院の相談員さんが、その療養病院を紹介してくれたのには理由がありました。療養病院の線路を挟んだ反対側に、特別養護老人ホームが作られることが決まっていたのです。そして、その療養病院と同じ法人の急性期病院が特養と提携関係にあるのです。

 

特養が建つことは、まだ一般には知られていません。もちろん私にも教えてもらえませんでした。しかし、たびたびのけいれんで、「この患者さんの介護は大変だ」と思ってくれたのでしょうね。療養病院に入院していることで、その後、一般の方よりも早く特養の入居募集を知ることができ、すかさず応募できました。17年度からユニット型新型特養が始まり、この特養もユニット型でした。ユニット型だと多床型よりも利用料が高いので、応募が殺到せず、入居の確率が高まったのも、ラッキーだったと思います。

 

夫の場合、病状が重く特養入居の理由もはっきりしていますので、入居審査も通りやすいと、総合病院の相談員の方は踏んでいたのでしょう。療養病院に転院する際には、きっと、特養のことも口添えしてくれたのだろうと思います。あくまで想像ですが、総合病院の相談員さんとよい関係を築いていましたことが良かったのかもしれませんね。また、私が毎日病院に行く様子を見て、特養に行っても、何かと家族が動くので、トラブルは起きないだろうと思ってくれたのかもしれません。ご家族によっては、入居後ほとんど面会に行かず、急な体調変化があって連絡しても、「行けないから、よろしくお願いします」など他人事のようにやり過ごしてしまうこともあるそうです。

 

想像通り、次の年の春にオープンした特養には、さっと入居させていただけました。この頃にはもう車椅子でしたが、これで、夫ももう少し、日常生活を活発に送れるようになるだろうと期待しました。

 

…ところが、残念ながらそうはいきませんでした。平成17年の4月に特養に入居し、すぐに肺炎を起こしたのです。療養病院は急性期病院の併設だったので、その急性期病院に運ばれました。飲み込みも悪くなっていたので、誤嚥を度々起こし、肺炎になるのですね。その後も誤嚥を何度もしたので、7月には胃ろうになりました。

 

胃ろうをするかどうかは、慎重に考えなければならないとよく言います。胃ろうまでするのは正解なのか? でも、この時点で、夫はまだ68歳です。食べ物が喉を通らず、衰弱していくのを見守るには、早すぎる年齢でした。私も迷うことはありませんでした。

 

とはいえ、胃ろうをしても誤嚥性肺炎は起こします。高熱が出て下がらないことも多くて……。特養の相談員さんは病院の相談員も兼ねていたので、病状によって特養と病院を行ったり来たりするようになりました。私は電車の定期券を買って、病院まで毎日往復しました。そして携帯電話を片時も離さず、お風呂に入るときは、脱衣所に携帯を置いておきました。いつ肺炎やけいれんを起こして呼び出されるかわからなかったからです。24時間・365日、携帯は私のそばから離れることはありませんでした

 

次回は、Kさんの介護歴についてお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

I・Rさん(女性 72 歳)
東京都在住。お見合いで結婚、専業主婦として過ごす。夫が63歳の頃、突然字が書けなくなり、左右の見当もつかず、歩き始めたら止まらなくなる。レビー小体型認知症だと診断される。この頃、妻のI・Rさんは57歳だった。以後、献身的に介護をし、夫は特養、病院などを行ったり来たり。夫は74歳の時に亡くなる。子どもはなし。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
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●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
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老人ホームを検討される方は・・・【初めての老人ホーム探しガイド】

現在老人ホームや高齢者向け住宅を検討中の方は、こちらのページも、ぜひ参考にしてみてください。

 

●老人ホーム入居にまつわる、さまざまなお悩みにお答えしています → 入居のお悩み相談室
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