有料老人ホーム・介護施設の資料請求ならオアシスナビ

広告掲載をご検討の方

オアシスナビ×ハートページ

収入が途絶え、住宅が問題に。そのとき意外な助けが~介護体験談Tさん3|オアシスナビ 介護の知恵袋では、お役立ち情報を毎日配信!

目的別に記事を探す

連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

→続きはこちら

収入が途絶え、住宅が問題に。そのとき意外な助けが~介護体験談Tさん3

2015年9月14日

脳内出血で右半身麻痺となり、イラストレーターとして大きなダメージを受けた夫。さらにリハビリ病院で肝臓がんだと宣言される――。夫を支えながらも、次々に襲いかかる衝撃に、妻のT・Hさんもまた打ちのめされます。麻痺が残る体で退院を余儀なくされ、家族とももめて傷つく。ようやく落ち着いた生活の中で、夫は二度目の脳内出血を起こしました……。いったいどうしたら、不幸をぬぐい去れるのか。Tさんの必死の介護は続きます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

退院後の住まいはどうする?家族間でトラブル

3_1退院してからどこに住むのか。これは大きな問題でした。これまで住んでいたのは都内の借家。持ち家でもマンションでもなかったので、彼の収入が途絶えたところで、家賃を支払い続けることが困難になっていました。障害年金の額よりも、家賃のほうがずっと高いのです。

 

彼の実家は神奈川県の郊外にあります。数年前に父親が亡くなり、母がひとりで住んでいます。母思いの彼は毎週実家を訪ねて、話し相手になっていました。母親も、大好きな長男の彼を頼りにしていたので、病気になった彼に「実家に住めばいい、一緒に暮らしましょう」と言ってくれていました。私も、彼と義母の介護を引き受け、一緒に住む覚悟を決めました。

 

けれど、ほかの家族の心ない対応や反対の動きに、そうもいかなくなりました。私はガッカリしましたし、途方にくれましたが、彼のほうがこの件では冷静でした。「いずれにしても、君が母と僕、ふたりの介護をするなんて、大変すぎる。無理だよ」と言っていました。

 

いろいろ考えた末に、今まで住んでいた借家の大家さんに、思い切って相談をもちかけました。すると、大家さんは夫にずっと好感をもってくれていたようで、家賃の減額を申し出てくれました。「車椅子で過ごすなら、改修も自由にしていい」という破格の条件に、私たちは感涙です。好意に甘え、手すりをつけ、段差をなくす工事などをさせてもらいました。

 

ところが、退院して1カ月、すっかり家の設備が整い、家での生活に慣れた7月、ポータブルトイレに移乗する際に転倒して、肋骨を5本も折る怪我をし、近くの病院に入院。そして、9月には二度目の肝臓の治療で、また入院。退院したのに、ちっとも家にいない状態で秋を迎えます。本当に入院ばかりの日々でした。

 

しかし、夫は前向きになることを忘れませんでいた。入院中、夫は病室でイラストを描いていました。利き手でない左手で、こんなに描けるなんて。私は感動するばかりでした。しかも、素朴な輝きのある絵なのです。お見舞いに来た出版社の人や文化施設の方々もその画風の豊かさに、驚くほど。夫も自信を取り戻し、「これからは画家生活だ。小さい作品をどんどん描くから、値段は安くていい、売ってくれ」と、ますます意欲に燃えました。

 

夫の個性を受け止めてくれるデイケアに通う

3_2退院すればするで、ずっと家にいるのも手持無沙汰です。たまたま近くには、倒れて身体に障害を持ち、言語障害や記憶障害も持つ人たちを専門に見てくれる医師がいました。その医師から、「きっと旦那さんも気に入ると思うよ」と、障害者のデイケアも紹介されました。

 

夫は、イラストレーターとして誇りを持っていましたし、バイクに乗ったりバンドをやったり、年齢より若い趣味を持っていたので、いわゆる作業所のようなところだと、通わないだろうと思っていました。けれど、そこには夫と同じように、人生の途中から障害を持ち、苦闘する人たちがいる。前職はIT業界の開発で有名だった人や、アパレル企業の部長さん、六本木の飲食店の店主など、個性豊かな人が多く、スタッフも柔軟だと言うのです。

 

さっそく、施設長の女性が訪ねてきてくれ、話してみると、医師から聞いたとおり、夫の個性をまるごと受け止めてくれる人でした。夫はすんなりと「行く」と言いました。それからは、週に2回、デイケアに通うことになりました。

 

デイケアでは、自分の持てる能力を活かして、自由時間は好きに過ごしていいことになっています。夫は黙々と色鉛筆でイラストを描いていました。「これまでどんなイラストを描いてきたんですか?」とスタッフに聞かれ、自分の作品を持っていったところ、「すごい!」と感動され、みんなにも紹介してくれたそうです。利用者さんにも「すごい、すごい」と言われて、うれしかったようです。

 

また、そのデイケアでは、美術館や博物館などによく外出に行きました。イラストレーターとしては、たくさんの芸術作品を見る機会がほしいもの。車椅子になってからはそうしたところにもなかなか行けないと思っていた夫は、とても喜びました。デイケアに行くようになってからは、夫の笑顔が増えたように思います。

 

ところが、デイケアに5回通ったところで、2009年の11月に、再度脳内出血で倒れました。脳内出血は繰り返すといいます。私たちも気をつけてはいました。食事はほとんど玄米菜食にしていましたし、お酒ももちろんやめました。でも、食い止めることができませんでした。

 

同じところから出血したので、左半身は大丈夫でしたが、言葉が以前より出なくなりました。以前には書けていた文章も書けず、表現力が衰え、本人ももどかしそうです。せっかく再起に賭けていたのに、また道が険しくなって……。神様は不公平だとのろいたくなりました。

 

それでも、彼は左手で小さな作品を描き続けました。家にいる猫を題材にすることが多く、もう亡くなってしまった飼い猫も描き出して。自分の身近にいる命を大事にするように、ていねいに描き続けたのです。

 

次回は終末期を自宅で迎えるTさん夫妻をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Hさん(女性 64歳)ヨガ講師
東京都在住。20歳の頃から元同級生の夫と暮らす。イラストレーターの夫を支え、自らはマクロビオティックとヨガを生活の指針とし、ヨガ講師として週に数回のレッスンをこなす。Tさんと夫が58歳のときに夫が出先で倒れる。脳内出血と言われ、夫に右半身麻痺が残る。以後、リハビリ病院に転院し、ふたりの試練が始まる。子どもはなし。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

関連する記事
コメントを書く
ユーザー名:40文字以内
コメント:200文字以内
この条件で検索

このページのトップに戻る

都道府県から老人ホームを探す