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夫が脳内出血で右麻痺に。リハビリの効果に期待して~介護体験談Tさん1

2015年8月31日

長年連れ添ってきた夫が突然倒れたら、妻はどうするのでしょうか。しかも、イラストレーターの夫の右手足に麻痺が残ってしまったら……。失意の夫を支え、金銭的な負担や日々の生活のしかたを考えているうち、さらにむごい仕打ちが。まるでジェットコースターのように急展開する生活。T・Hさんの介護体験談は、いきなり始まりました。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

飲み会の会場で急変して救急車で運ばれた

1_1私と夫は、美術系の専門学校時代の同級生。20歳から一緒に暮らすようになりました。卒業後、彼は広告代理店に勤務し、間もなく独立。私は彼の仕事を手伝いながら、本屋や自然食レストランで働き、40歳の頃、ふたりでデザイン事務所を設立しました。

 

夫は、当初こそデザインの仕事が多かったですが、博物館など文化施設の壁画や復元画を描く仕事をしてくれないか、という依頼が多くなって。次第にイラストレーターと呼ばれるようになりました。全国の文化施設から依頼される仕事は、歴史をひもといたり、資料をもとに想像力を働かせたり、難しい仕事でもありました。けれど、彼はどんな仕事もていねいに、そして精力的にこなしました。右腕一本と画材だけで絵を描き、人を感動させる夫を、誇らしく思いました。

 

私たちには、子どもはいませんでした。不妊治療もしましたが、できなくて。そのかわり、私たちの傍らには、いつも猫がたくさんいました。野良猫を助け、動物愛護の活動もしていました。私たちはいつも一緒にいるので、「仲がいいね、まるできょうだいみたい」とよく言われていました。
そんな生活が一変したのは、2008年の暮れ、夫が58歳のときのことでした。

 

凍るように寒い日に、仕事をいただいている会社の忘年会に出席するために、家を出た夫。「大丈夫? 疲れているなら早く帰ってきてね。お酒、飲みすぎないでね」と送り出したのですが。夫は会場の居酒屋に着いて座るなり、手と足に力が入らなくなり、言葉もおかしい……。その場にいた人たちが救急車を呼ぶと、血圧がどんどん上昇していったそうです。

 

知らせを受けて、私は病院まで飛んでいきました。幸いにも意識はずっとあったのですが、病名は、脳内出血。お医者さんは悲痛な声を出しました。4センチの血の塊が脳にあると……。「血が止まるようにできるだけの処置をしていますが、今も出血が続いています。明日の朝までに止血できなければ、血の塊が大きくなって、水頭症になる可能性があり、命が危ないかもしれません」。目の前が真っ暗になりました。それなのに、さらにこんな言葉も……。「朝までに止まったとしても、手術ができない場所なので、血が脳内に自然に吸収されるのを待つしかないのです。それには数週間かかりますから、脳はそうとうな損傷を受け、おそらく重い障害が残ります」

 

完全看護の病院だったので、私だけ家に帰されましたが、眠れるわけもありません。翌朝に彼の家族や親しい友人に知らせ、また夫のいる病院へと走りました。

 

病院のベッドで夜半、天井を見つめ続けて

1_2幼いころこそ腸が弱く、病気がちだったという夫。しかし、私と知り合ったころは、元気いっぱいでした。お酒をよく飲み、20代後半からバイクに乗り始めたり、私といっしょに山登りをしたり、40代を過ぎてからビートルズのコピーバンドをやったりと、遊びも精力的でした。

 

その元気さに、ここ1年ほど陰りが出てきた。私はそう感じていました。私は玄米菜食を基本とし、20年ほど前からは、ヨガの講師をしています。友人にもヨガや鍼灸や漢方薬学を仕事にしている人が多く、彼の健康の相談にのってもらっていました。食事をきちんとし、お酒を控える。友人たちのすすめに従って、ウォーキングをしたり、漢方を飲み、私がお灸もしていました。その矢先の病気――。病院がきらいな夫だからこそ、いろいろなケアを考えて実践していましたが、やはり、早めに病院にも行っていれば……、と悔やみました。

 

幸いにも、命は繋がれ、6人部屋に移されることになりました。でも……。言語に少し障害が残りました。思うように話せず、体の右側に麻痺が残りました。

 

彼は右利きです。イラストレーターとして、道を絶たれたも同然でした。60歳を目前に、筆が走っていい味が出てきた画風は、文化施設などに飾る作品として最適だと評価を受けていたのに……。私は毎日病院に行き、面会時間が終わるまで彼と過ごしていました。が、私が帰ったあと、長い時間天井を見つめ、「なぜ? どうして自分が?」と眠れずに考え続けていたようでした。

 

翌年1月15日、急性期は過ぎたということで、リハビリ病院に移ることになりました。麻痺がすでにあるにせよ、できるだけ早く体を動かしたほうがいい。車椅子生活になることは、私も本人も覚悟がついていましたが、少しでも体が動けば、生活がしやすくなります。また、使える左手を訓練することで、左手でイラストが描きやすくなる。私も夫も、そこにのぞみを繋ぎました。

 

リハビリ病院に移るとさっそく検査と訓練が行われました。しかしここで、さらなる試練が待ち受けていました。

 

次回は、Tさんの夫の重い病状についてお送りします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Hさん(女性 64歳)ヨガ講師
東京都在住。20歳の頃から元同級生の夫と暮らす。イラストレーターの夫を支え、自らはマクロビオティックとヨガを生活の指針とし、ヨガ講師として週に数回のレッスンをこなす。Tさんと夫が58歳のときに夫が出先で倒れる。脳内出血と言われ、夫に右半身麻痺が残る。以後、リハビリ病院に転院し、ふたりの試練が始まる。子どもはなし。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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