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【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

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遠距離介護の父とのわだかまりが解けるとき…~介護体験談 Mさん 4

2015年8月24日

苦労して見つけたケアハウスに、自ら車を運転して父親を入居させたM・Tさん。これで一段落、と思いたかったのですが、そうではありませんでした。重い病気を背負った高齢者の気持ちにどう寄り添い、どう介護するのか――。答えのない問いがMさんの頭の中をめぐります。最終回は、Mさんの内なる声にも耳を傾けてください。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

孫たちに会えて生気を取り戻して

4_1半日車を走らせてたどり着いた鹿児島のケアハウス。着くなり、ケアハウスのスタッフがにこやかに迎えてくれました。蒸し暑い1日だったので、まずタオルを貸してもらい、父の体を濡らしたタオルでていねいに拭きました。そして、着替えをし、みなさんに挨拶を、と思ったのですが、よほど疲れたのでしょう、父は案内された新しい部屋に入り、ベッドで横になってしまいました。

 

「ちょっと心拍数が……」と、スタッフも心配そうです。「何かありましたら連絡をください」と、通り一遍の挨拶をして埼玉の自宅に戻ると、翌日、すぐにケアハウスから連絡がありました。「あのあと、朝になってもベッドから一度も起き上がれません。息も苦しそうなので、病院に連れて行きます」

 

長旅の疲れが襲ったのでしょう。父には申し訳ないことをしました。連れて行く際には、長崎の医師にも相談をし、無理のないドライブのつもりでした。しかし、こちらが想像する以上に、父の容体はよくないのだと思いました。

 

病院で3日ほど過ごすと元気になり、ケアハウスに戻ることができたので、ほっとしました。これからは、いつ容体がもっと悪化するかわからない。飛行機代はかかっても、今までよりも頻繁に会いに行こうと決めました。夏休みになるとすぐに、子供たちや夫も連れて、ケアハウスに面会に行きました。大きくなった子供たちを見て、父はとても喜び、少ない現金の中から子供たちにお小遣いをくれました。それも、5000円ずつです。

 

1万円あれば、ケアハウスでの備品として買いたいものもあるのに、と思いました。でも、ここで孫たちに小遣いをやることが、元気に生きる理由になるかもしれないと思い直しました。子供たちがうれしそうにお礼を言うと、父の顔もパッと明るく変わりました。そして、酸素チューブを鼻につけながらも、元気な声で「しっかり勉強するんだぞ」と言ったのです。このところ、肺炎で声も小さくかすれがちでしたが、その声は、元気だった10年前のものと同じでした。

 

夫に行ってもらった病院で急変して

4_2しかし、8月を乗り切ると、疲れが出たのか、父はますます衰弱したようでした。そして、9月に私が面会に行った直後、お彼岸前に、再度の入院。今度は酸素の管理も難しくなったので、近くの病院ではなく、国立病院に入院しました。数日後、病院から連絡が来ました。「容体は極めて悪いので、病院には数日のうちに面会に来てほしい」とのことでした。

 

鹿児島の病院に行きたいのはやまやま。しかし、勤め先のコールセンターがリストラを始めていて、パートをどんどん切っている時期でした。この間、休みをもらって鹿児島に行ったばかりなのに、今休んだら、仕事を失う。

 

これから娘の受験費用や大学進学の費用を出さなければならないのに、仕事を休むわけにはいかない。迷いに迷いましたが、私の代わりに、夫に飛行機に乗ってもらいました。病院に夫が着き、担当医師に状況を聞いたところ、今は小康状態だとのこと。「検査をしながら、様子をみましょう」という説明だったので、夫は父と少し話して病院をあとにしました。

 

せっかく鹿児島に来たのだから、「観光でもしてきて」と私は夫に伝えていました。そこで、観光名所をいくつか回っているうち、夫の携帯に病院から連絡が入りました。同時に、我が家にも連絡があったようです。「お父様が亡くなられました」。

 

夫は電車を乗り継ぎ、あわてて病院に引き返しました。私は身支度をして、とにかく羽田に向かい、一番早くに乗れる飛行機に乗りました。飛行機に乗れるとほっとし、これまでの顛末が次々に頭に浮かびました。

 

毎年2、3回、家に養生に来ていた頃。父は私の作る食事を「やっぱりうまいなぁ。かあさんと同じ味だ」とほめました。病院で前立腺がんと伝えられたとき、私が思わず握った父の冷たい手の感触も思い出しました。会うたびに痩せて小さくなる身体。そしてか細くなる声。一度だけ、トイレで粗相をしてしまい、洗濯をしていると、父が横に来て小さな声で言うのです。「すまないね」。そして、鹿児島へ向かう車の中、名残り惜しそうに長崎の海を見つめる目――。思い出すごとに、とめどなく涙が出ました。

 

なぜ、鹿児島なんかに連れて行ったのだろう。あの古い家をなんとか改築して住んでもらう方法はなかったのか。遠くのホームに入るなら、せめて私の住まいの近くにすればよかったのではないか。最期ぐらい、自宅で迎えさせる方法はなかったのかーー。

 

自分のやってきたことが、みんな間違っていたような気がして、嗚咽が止まりませんでした。

 

鹿児島の空港に降り、携帯の電源を入れたら、夫のメールが入っていました。夫は先に病院に着き、今ごろ父の顔を見ていることでしょう。出遅れてしまった自分のことが、また情けなく思えてきました。でも、夫のメールは穏やかなものでした。
「お父さんは、まるで笑っているような顔をしているよ。君が一生懸命だったことを、感謝しているような顔だよ。ごくろうさん、本当にがんばったね」。
私は荷物を小脇に抱え、タクシー乗り場まで小走りになりました。父の笑う顔を早く見たくて、いつの間にか、全力で走り始めていました。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

M・Tさん(女性 57歳)コールセンター勤務
埼玉県在住。故郷・長崎県で大学時代を過ごし、上京した直後に母親が死亡。母より5歳年下の父は、悲しみながらも数年後には知人から紹介された女性と同棲しているらしいと知る。そのことにあまり触れずに父を年に数回呼び寄せては世話してきた。3年前、父が81歳のときに、長くわずらっていた前立腺がんが末期の状態に。ひとりで暮らせない父親を呼び寄せるべきか、故郷の老人ホームを探すべきか、父の少ない資産をもとにして決断を迫られる。埼玉の自宅には夫と24歳の会社員の息子、大学生の娘がいる。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
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●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

 

老人ホームを検討される方は・・・【初めての老人ホーム探しガイド】

現在老人ホームや高齢者向け住宅を検討中の方は、こちらのページも、ぜひ参考にしてみてください。

 

●老人ホーム入居にまつわる、さまざまなお悩みにお答えしています → 入居のお悩み相談室
●本人と家族にぴったりの老人ホームを探すには→ 老人ホームの「見つけ方・選び方」

 

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