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大好きな沖縄から東京へ、認知症の母を「呼び寄せ介護」~介護体験談 Nさん 2

2015年6月15日

娘たち3人は全員が東京在住、認知症の疑いのある実母は沖縄でひとり暮らし。しかし、とうとう部屋も片付けられない状態になっている。妹達と考えた結論は、「母に東京に来てもらうしかない」。けれど、住み慣れた大好きな沖縄を離れた母は、何度も沖縄に帰りたいと訴えてきます。第2回は、母と娘たちの「呼び寄せ」の葛藤をお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

まずは何か理由をつけて、東京に来てもらおう

2_1信頼しているケアマネさんやお友達のように心配してくれるデイケア職員の方も、母の一人暮らしは限界だと心配しています。

 

ただ私を含め、娘たちは全員東京にいます。それぞれの仕事や家庭のこともあり、私たちのだれも、沖縄に戻ることができないとなれば、やはり東京に母を呼び寄せるしかありません。

 

 

姉妹のうちのだれが引き取るか…? 3人で話し合いましたが、すぐに引き取れるのは長女の私かなと思いました。まず借りていた部屋は、以前車椅子の方が住んでいたこともあり完全バリアフリーでしたし、何よりその当時比較的時間の自由がきく仕事をしていましたので。

 

そこまでは決まったものの、まず母にどうやってこの話をするのかが最初の難関です。
宮崎から沖縄に移り住んで二十余年。友人もいるし、なじみの店もある第2の故郷。自分で積み上げてきたコミュニティを捨てて、新しい環境にいきなり飛び込むのは、忍びないことです。そのまま伝えれば母は「絶対に行かない。まだ沖縄で一人暮らしができる」と言い張るに決まっています。事前に話して、納得づくで東京に来てもらうのが一番いいけれど、そんな時間はない。

 

「どうしようか……」。また姉妹3人で作戦会議をした結果、「まずは冬休みの間、東京に来てもらおう。片道切符だけど」と決まりました。だますような形になり、申し訳ないけれど、それしかない、というのが、3人の結論でした。

 

幸いちょうど母は12月28日が誕生日。「今年は東京でお誕生会をやろうよ。ついでに正月も孫と一緒に、こっちで迎えましょう」少し疑いを持つ母に、孫という魅力的な言葉で母をその気にさせました。年末年始は仕事を休めるし、その間妹達の住まいを転々としながら、一緒に住めるよう部屋を模様替えし母を迎える準備を整える。そして沖縄の家は1月中に妹達が片付け、東京での介護関係の手続きと病院での検査は私と、姉妹それぞれで役割分担をして、母を強引に呼び寄せることにしたのです。

 

母は楽しく誕生日を迎え、正月を過ごしました。栄養状態もみるみるよくなり、お風呂にも入って身ぎれいになり、若返った感じがしました。そして、準備万端整ったところで、「私と東京に住んでもらいたいの。もう帰りたくても沖縄のアパートは引き払っちゃったから」と告げたのです。もちろん、母は大ショック、「沖縄に帰りたい」とことあるごとに言ってきます。

 

沖縄は無理だけどご近所でならと、ひとり暮らしをさせてみた

2_2「沖縄に帰りたい」という度に、「残念。沖縄のアパートないからねぇ」と返事する日々。母にしてみれば、気ままなひとり暮らしから私との2人暮らしになり、何かと窮屈なのもわかります。ただ、私だって、自分の生活や仕事も大切にしたいのです。

 

それでもなお、「自分でまだ自分のことはできる、ひとりで暮らしたい」と訴え続ける母。「えぃ!もうそれならしかたない。一回一人暮らしさせてみるか。自分でできないとわかれば納得するだろうし、できたらできたでそれは良いことだし」と。
条件は私のマンションの近くであること。新しくアパートを借りるお金もかかるし、生活費も2倍。仕事の量が減っている経済状態を考えると、それはそれで大変な決断でしたが、半ばだまして母を呼び寄せた後ろめたい気持ちもあったかもしれません。

 

 

母は、満面の笑みで引っ越していきました。引越し先は私のアパートから徒歩1~2分の距離。商店街の真ん中で、家の向かいには八百屋さん、スーパーも目の前で、暮らしやすい環境です。

 

結果的に、母は私のもとに戻ることになりました。新しい場所を覚えるのは母の年齢では大変。新しいアパートに自分で帰れないのです。田舎生まれの母にとって商店街は同じようなビルが並んだ目印のない街並み。一度家を出て散歩をしても、どの建物も同じように見えるのか混乱し、歩き回って迷子になり、パトカーで私のもとに戻ること4~5回。お料理では鍋を焦がすこともありました。ボヤを出したらおしまいです。

 

ここまで来ると、さすがに本人も「もう、ひとりでは暮らせないんだ」と実感しました。
ひとりで暮らせない→自分が沖縄に暮らすには娘の誰かが沖縄に行くしかない→そこまで娘には迷惑はかけたくないと。
本人には本当に一人暮らしは楽しかったようで、何度か「ダメかな?」と聞いてくることもありましたが、パトカーと鍋焦がしの話をすると最後は納得していました。わずか3カ月の一人暮らしでしたが母にとっても私にとっても必要な期間だったのかもしれません。

 

次回は認知症改善のために手術をすることになった母親の様子をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

N・Mさん(女性 49歳)会社員
東京都在住。大学卒業後、上京し、以後会社員として忙しく働く。36歳のときに沖縄在住の63歳の実母が脳出血で倒れる。三姉妹で力を合わせ、看病をし、本人も懸命のリハビリで日常生活ができるようになった。10年後の2011年に、脳血管性の認知症を発症。三姉妹とも沖縄に戻って実母を介護することができず、東京に呼び寄せてN・Mさんと同居することになった。現在、実母は76歳。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
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