有料老人ホーム・介護施設の資料請求ならオアシスナビ

広告掲載をご検討の方

オアシスナビ×ハートページ

リハビリ病院に移る母に、看護実習生が泣きながら~介護体験談 Mさん4|オアシスナビ 介護の知恵袋では、お役立ち情報を毎日配信!

目的別に記事を探す

連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

6月20日

どうなる?一人暮らしの認知症ばーちゃんの今後~漫画★孫娘のガチンコ介護

→続きはこちら

リハビリ病院に移る母に、看護実習生が泣きながら~介護体験談 Mさん4

2015年6月1日

うつ病から認知症になり、大腿骨骨折で車椅子に。M・Iさんのお母様は20年の間に、ゆっくりと衰えていきました。周囲の人たちは、見ているだけで苦しいと感じます。しかし、ご本人はどうなのでしょうか。介護される人の幸せとは何か、介護する人の心の平穏とは――。いろいろと考えさせられる体験談です。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

足を前に出すことも忘れてしまった母

4_1骨折して運ばれた病院でも、日々のリハビリはしてくれていました。しかし、認知症がすすんだ母は、足を前に出すことも忘れてしまったかのようでした。両手を持って、片手ずつ引くと一瞬片足が出るのですが、そのあと、足がすくんでしまいます。翌日も同じでした。車椅子にすわらせると、ほっとしたような表情になり、その顔を見ていると、「もう歩くことはあきらめないといけないんだな」と覚悟がつきました。

 

父もまた、衰えてきました。85歳、母よりも年上なのですから、あたりまえでしょう。これまで気丈にがんばってきましたが、父もまた、母の具合が悪くなってからの20年間は、葛藤続きだったのだと思います。

 

「正直言って、かあさんが入院してくれて、ほっとした。車椅子になったら、俺には世話できないからな。……けれど、ひとりで暮らすのは、寂しいね」。
こんなふうに言われると、胸をギュッとつかまれるような気がしました。母の今後も気がかりですが、父も生きる気力をなくすのではないかと心配になります。しかし、頑固な父のこと、毎日ヘルパーさんが入るのは「絶対にいやだ」とききません。私が週に2日、ヘルパーさんが2日。姉に1日は来てもらうことにして、残りの2日はなんとか自分でこなしてもらうことにしました。そのほうが、元気で過ごせるような気がしました。

 

一方、母はますます「認知症のおばあさん」という顔つきになってきました。「病院にいると、何もすることがないから、認知症はすすむよ」と介護の先輩から言われていたことが目の前で起こり、もどかしい思いです。何か質問して、「わからない」と答える母に、「すぐ『わからない』って決めないで、よく考えてから答えてよ!」などと怒ってしまう……。そんな自分がまた、惨めになりました。

 

母はそういうとき、「そろそろおいとましなければいけません」などと言います。この病院はだれかの家で、私は母の娘ではない「だれか」で、そこから「おいとま」するのです。私も寂しさでいっぱいになりました。つい、意地悪な気持ちで、「おいとまって、どこに帰るの? 世田谷の家?」と尋ねてみると、「違います」と答えます。「私の家は、月島よ。下町のね、長屋なの。月島といったら、もんじゃ焼きで有名でしょ」と。

 

それは、母の実家でした。生まれ育った故郷です。今の母にとっての「家」は、父や私たちと暮らした世田谷の家ではないのです。幼い頃に暮らした家が、母にとっての「我が家」。認知症の人は昔に帰るといいますが、まさにそのような感じでした。「私の家は、月島よ」と言ったときの、うれしそうな顔、そして遠くをまぶしく見つめるようなまなざし。そこに私が見えていないのだと思うと、自然と涙がこぼれました。

 

私の20年間はなんだったのだろう――。そんな思いがよぎったとたん、母は私に向かってこう言いました。
「あなたには、本当によくしてもらってるわ、ありがとうございます。やさしくしてくれて、うれしいわ」

 

母に恥じない自分になりたい

4_2私は号泣しました。私は、なんて身勝手なのだろう。母のピュアな心に触れ、心から恥じました。認知症の人は、「何もわからなくなってしまう人」ではない、もしかしたら、真実がわかるようになることかもしれない、とさえ、思いました。

 

医師の予測どおり、母は運ばれた病院を退院し、自宅に戻らず、リハビリ病院に転院することになりました。もう少しがんばってくれれば、自宅に帰れたかもしれないのに。そう思わなくはありません。けれど、母が退院するときに、看護実習生が大泣きしてくれたのです。「いつも私たちに『ありがとう、ありがとう』って言ってくれて、私が失敗しても、ニコニコとやり過ごしてくれました。悩んでいるときには、『今日は元気がないのかしら?』なんて気にかけてくれて。私がお世話したんじゃない。お世話していただいた気がしています。私こそ、本当にありがとうございました」

 

人は、どんなに衰えても、誰かの役に立つことができるんだ、と思いました。車椅子を押し、介護タクシーに同乗してふと横を見ると、疲れたのか、車椅子の上でぐっすり眠ってしまった母。その顔に午後の日差しがあたり、神々しくも見えました。

 

生きている限り、人は尊いものだと、母が身を持って教えてくれたのだと思っています。
おかあさん、ありがとう。私はあなたの娘として、もう少し素敵な自分になりたいと思います。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

M・Iさん(女性 53歳)塾講師
東京都在住。夫、社会人の長男・長女がいる。車で20分ほどの実家に85歳の父親がいる。84歳の母親は8年ほど前から認知症を発症し、デイサービスに通っていた。半年前に骨折し、現在はリハビリ病院に。急速に衰えていく母親に心を痛めながらも、病院から自宅に戻ることはないだろうと予測している。ひとり残した父親も気がかりである。2歳上の姉と協力して介護をすることになっているが、知らず知らずのうちに負担が増え、無責任な姉との間で衝突が起きる。介護が深刻になると勤務していた予備校を一時休職。現在は復職している。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

関連する記事
【2015/07/09】たか
読んでいて泣いてしまいました。私もこの先シングル介護が待っているので、色々と悩みます。
コメントを書く
ユーザー名:40文字以内
コメント:200文字以内
この条件で検索

このページのトップに戻る

都道府県から老人ホームを探す