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介護に疲れた故郷の家族を助け、遠距離介護を~介護体験談 Jさん 2

2015年3月23日

故郷の母親の体調悪化が続き、同居の家族が疲れ果てる……。よくあるケースです。東京在住で小さな子どもがいるJ・Uさんも、黙って見ているわけにはいかなくなりました。みんなで相談し、ホームに入ってもらうことになりましたが、それで一件落着するわけではなく、さらに事態は深刻に――。2回目の体験談は、遠距離介護の負担の大きさも感じ始める彼女の奮闘ぶりをお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

月に一度は介護のために実家に向かう

2_1母が背中を開ける大きな手術をしてから、10年の月日が経ちました。その間、背中の痛みは増し、79歳になった母は、年齢以上に老いて見えました。

 

母より6歳若い父は、最初は元気でした。中学の校長として勤め上げ、退職した後も健康そのものでした。が、母の世話に明け暮れ、自分の自由になる時間も少なく、疲れた顔をしていることが多くなりました。何よりも、病気の原因がわかりにくく、手術をしても通院しても、これといった対処法が見つからないのが、父と母を疲れさせ、弱らせていく原因のように思えました。

 

母の背中の痛みは徐々にひどくなり、その頃には、耐えられないものになっていきました。痛がって、布団に横になることが多くなりました。台所に立つこともできなくなっていたので、朝食と昼食を作るのは父の役目です。同居の私の姉は教員で、朝7時には家を出るのです。
姉が母の食事の世話ができるのは、夜しかありませんでした。

 

ウィークデーは母の食事の世話や、掃除、洗濯に明け暮れる父。退職後は悠々自適、などという夢は遠くなりました。愚痴を言えれば少しは発散できるのでしょうが、教員だった父は無理にでも理性を保ち続け、高潔であろうとするようなところがあります。自分で自分の首を絞めているようにも見えました。

 

週末や夜の介護を担う私の姉も、教員の仕事との両立で疲れ果てました。昔と違って、小学校はどこも問題を抱えているようで、生徒や親御さんとの関係づくりに頭を悩ませます。昼間も夜も気が重いことばかりで、姉の苦労も大変なものでした。

 

当時、私は5歳の娘の母親で、グラフィックデザイナーとしても多忙でした。故郷のことはあまり考えたくない、というのが正直なところでしたが、母本人と同様に疲弊し、苦しんでいる父や姉を見過ごすことなどできません。

 

私は意を決し夫に相談。「月に1度、2日程度は実家に行かせてほしい」と頼みました。
「このままでは、父も姉も倒れてしまう。ふたりに少しは息抜きをさせてあげたいから」と。

 

夫は理解を示してくれました。実家に行っている間は、娘の世話もしてくれるというのです。同業者で私と同様フリーランスだから、時間は多少自由になります。私がいない2日間、娘を保育園に送り出し、迎えに行って、「食事を食べさせるぐらいのことなら、問題ないよ」と。ありがたく感謝して、以後は毎月実家に行くようにしました。

 

実家に行ったとしても、私にできることと言ったら、父や姉のかわりに食事を作り、洗濯や掃除をし、母を入浴させる手伝いをするぐらいです。こんなことしかできない、もっと父や姉の疲れを癒すようなことはできないのか、と悩みます。けれど、ふたりは「来てくれると、それだけで和む。食事の世話をしなくていいだけでも助かる」と言ってくれるのです。ふたりに申し訳ないと思いながらも、月に1度だけ、朝一番の新幹線に飛び乗ります。

 

2日間家を留守にすれば、仕事はたまるし、帰ったあとの家は汚れ、洗濯物もカゴいっぱいになっています。私も以前よりあわただしくなりましたが、父や姉のことを思えば文句を言う筋合いはありません。

 

父が過労になり、母を老人保健施設へ

2_2しかし、あるとき、父から電話がありました。「もう限界だ、お母さんには悪いけれど、どこか施設に入ってもらおうと思う」。驚きました。愚痴を言わない父なので、そこまで疲れていると思っていなかったのです。私にとっては突然でしたが、父はここ1年ほど、ずっとそのことを考えているようでした。

 

すぐに名古屋まで駆けつけ、父の話を聞きました。痛みがひどく、訴えの多い母の世話に、精神的にも体力的にも疲れ果てた、少し休みたい、と。

 

姉は「もう少しがんばれるかもしれない」と言っていましたが、そういう姉の表情も疲れきっています。母には「検査とリハビリのため」と話し、老人保健施設への入居を提案しました。

 

 

「いつもお医者さんがいるのよ。看護師さんもいるし、薬も出してもらえるし、リハビリもやってくれるの。元気になれるかもしれないよ」と、痛みがひどかった母は、「医師つきの老人ホームに入るほうが安心できるかもしれない」と思ったようで、意外にも素直に入居を決めてくれました。そうして、家からほど近い老人保健施設に入居することになったのです。

 

ところが、私たち家族は、このホームに不信感を抱くことになります。入居してしばらくたつと、母に表情がなくなってきたのです。寝ている時間も多く、面会に訪ねて行っても、うつろな表情。眠くて眠くてたまらない様子なのです。

 

薬漬けにされているんじゃないか、と疑問が湧いてきます。「痛い、痛い」と騒ぐ母を黙らせ、おとなしくさせるために、多めの精神安定剤や鎮痛剤を投薬しているのではないか?
このままこの老人ホームに入れていていいのか? と悩み始めました。

 

老人保健施設は、担当医師が決まっていて、ほかの病院にかかることができないところがほとんどです。これまでかかってきた病院と縁が切れ、緊急入院するときなど、いったいどうしたらいいのだろう……、と思っている矢先、悪い予感は当たりました。体力がなくなり、飲み込みも悪くなった母は、誤嚥性肺炎を起こし、救急車で運ばれました。知らせを受けた父がタクシーで駆けつけると、母の意識はありませんでした。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

J・Uさん(女性 47歳) グラフィックデザイナー
東京都在住。夫、中学1年生の長女の3人暮らし、実家のある名古屋市に実母88歳、実父82歳が暮らす。夫を亡くした姉(小学校教員)と21歳になる娘も同居している。足指の痛み解消のために行った手術をきっかけに、体調が悪化していく母親の世話をするために、故郷に行く回数が徐々に増えていく。はっきりとした病名がつけにくい病気にばかりかかり、周囲も気持ちが定まらないまま介護をする。父もまた大手術をするなど、老老介護もままならなくなり、8年ほど前から遠距離介護を続けている。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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