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原因不明の痛みの対処で弱っていった母~介護体験談 Jさん 1

2015年3月16日

足指の痛みを訴えた日から19年。原因不明ゆえに、医療も試行錯誤を重ね、元気だった母親が、治療や手術のたびに弱っていく――。家族にしてみれば、いたたまれないことです。けれど、一度走ってしまった治療を止めることもできず、遠距離から見ているJ・Uさんはもどかしいばかりです。今回は介護のキーパーソンではない、遠距離介護の女性の話です。故郷の親御さんを持つ読者なら共通の悩みがきっとあるはず。4回分をじっくり読んでみてください。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

背中を縦に切る大手術で足指の痛みをとる

1_1元気だった母親が、名古屋に里帰りするたびに「足の指が痛い、しびれる」と言い始めたのは、20年以上も前のことでした。

 

飲み薬などで痛みを抑え、だましだまし歩いていたものの、それがだんだんひどくなり、「なんとかしたい」と切実に言い出したのが、19年前、69歳の頃です。痛み止めの薬を飲んでも、注射をしても効かないのです。

 

最初は「おおげさだ」「精神的なものではないか?」などと言っていたのですが、大きな病院で検査をしたら、脊椎に血腫が溜まっていて、足指の痛みに影響している可能性があるとのこと。MRI検査をした結果、やはり血腫の存在が疑われるということで、血腫をとる手術をすることになりました。

 

けれど、いざ手術となって、いろいろ調べたら、あまりにも骨粗鬆症がひどく、これでは背中を支えられないということに……。「このままでは圧迫骨折してしまいます。血腫をとると同時に、脊椎にボルトを入れて支えましょう」と言われ、背中を縦にまっすぐ切る手術をしたのです。まるでワンピースのファスナーを開けるように、メスを入れて背中を切る……。考えただけでも寒気がします。骨を補強するために、骨盤の骨も切り取ってつけるという大手術でした。が、県内随一の病院が最良の治療をしてくれるのだから、と、本人も納得ずくで望みました。

 

手術に付き添ったのは、父と私と姉。叔父や叔母も当時は元気だったので、何かと世話をしてくれました。私は手術当日の前後、何日か行けばいい、というぐらいで、それほど深刻には考えていませんでした。当時はまだ独身でしたし、「介護」なんて、自分には遠い話。30代になったばかりの私は、東京で気ままな生活を楽しんでいたのです。

 

今度は「背中が痛い……」

1_2手術後は、足指の痛みはなくなったようでした。けれど、傷の治りがよくなくて、今度は「背中が痛い」と言うようになりました。その後、疼痛が何年も続くのです。

 

やはり、大きな手術をしたせいで、負担がかかったのでしょうか? 「手術したことがよかったのか、悪かったのか?」と家族全員で悩んだこともありました。

 

けれど、血腫があるのならとらないと大変なことになりますし、その手術を「しない」という選択もなかったのです。とはいえ、母はよくならない……。なんともスッキリしません。

 

父も黙って見ていることもできず、あれこれ調べては、病院に連れて行きました。痛みの緩和をするペインクリニックのようなところも行ったようです。その都度、少しはよくなるのです。けれど、しばらくすると、また「痛い……」と。何をやっても根本的な治療にはならず、手術後5年ほどで、動きが悪くなってきました。外出の回数がグンと減り、すり足で歩き、まだ70代半ばなのに、90歳近くのおばあさんのようです。

 

しかも、そのうち、背中の筋肉だけが自分の意思とは違うところで動くようになったのです。その原因もなかなかつかめずに、ただ月日が流れてしまいます。背中にボトックスの注射を打つなど、最新の治療も試しましたが、年齢を重ねる以上に母は弱ってきました。

 

その間、私は結婚、出産をし、仕事も続けていて、東京で忙しく暮らしていました。母の具合がよくないのはわかっていましたが、年に何度も行けるほどの時間はなく、また、小さな子どもがいては病院に連れて行く世話もできなくて、地元にいる姉や父、叔母たちに任せきりでした。

 

「痛い」と言っても、死ぬようなことはないのだから。私がわざわざ出て行くほどではないのだから。緊急事態が起こるまでは、こちらで自分の生活を大事にしよう。わざわざ、自分が動くことはない――。

 

しかし、そうも言っていられなくなりました。同居の父や姉がギブアップしたのです。ここからが、家族総出の介護の始まりでした。

 

次回は、老人保健施設に入居し、さらに悪化するお母様の病状をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

J・Uさん(女性 47歳) グラフィックデザイナー
東京都在住。夫、中学1年生の長女の3人暮らし、実家のある名古屋市に実母88歳、実父82歳が暮らす。夫を亡くした姉(小学校教員)と21歳になる娘も同居している。足指の痛み解消のために行った手術をきっかけに、体調が悪化していく母親の世話をするために、故郷に行く回数が徐々に増えていく。はっきりとした病名がつけにくい病気にばかりかかり、周囲も気持ちが定まらないまま介護をする。父もまた大手術をするなど、老老介護もままならなくなり、8年ほど前から遠距離介護を続けている。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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