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体は弱っているのに人の手を借りられない父親…~介護体験談 Tさん 1

2015年2月16日

威厳のある父親ほど、子どもの世話や公的支援を受けたがらず、頑固に拒否して病状を悪くしてしまうケースはよくあるようです。T・Iさんの父親は、まさにそのケース。ビジネスの世界で上り詰めただけに、デイサービスや老人ホームにいる自分を想像することもいやで、介護の手を払いのけてしまいます。懸命に父親のもとに通うT・Iさんもしばしば虚しさを感じ、疲労もたまっていきます。今回は介護の開始となる4年前のお話をお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

いつものお寿司屋さんにたどり着かない足取り

1_1父が定年退職をしてから20年余り。両親は比較的恵まれた生活をしてきました。母は昔風の妻でしたから、父が定年した後もほとんど家にいて、食事を三度三度作り、掃除や洗濯をして1日を過ごしているようでした。父は気に入ったテレビ番組を見たり、本屋さんで好きな本を買ったりするなど、「毎日が休日」といった具合にゆったりと過ごし、気が付けば86歳になっていました。
 
しかし、父は、次第に脚力をなくしていきました。5年ほど前から少しずつ歩くのが遅くなり、距離も短くなっていったのです。私が訪ねるたびに、鎌倉のお寿司屋さんで一緒に昼食をとるのを楽しみにしてくれていましたが、駅からの道を歩く間に、何度か休まなければたどり着かないのです。たしかに、かなり距離はあるのですが、少し前まで笑顔で歩いていたことを思い起こすと、「急激に足腰が弱ってきたんだな」と思わざるを得ませんでした。もっとも、当時86歳、この年齢でなんとか歩けることだけでも元気だ、という考え方もあるのかもしれませんが……。
 
お寿司を食べたあとも、「もうこの店に来ることはないな」と、あっさり言うのです。「それは寂しいよ。お父さんとお寿司を食べるのを楽しみにしているんだから」と言っても、「今度来るときは、寿司を買ってきてくれよ。家で食べればいいじゃないか」と答えるのです。「何、気弱になってるのよ」、と言おうとして、はっとしました。父の背中がとても丸く、小さくなっているように思えたのです。私が思う以上に、父自身が落胆している。それに気づき、もう何も言えなくなってしまいました。
 
そしてお寿司屋さんの一件から間もなく、自宅マンションの前の階段でつまずき、転倒してしまったのです。あいにく母が買い物に出かけていて、転んだときはひとりでした。マンションの住人も通りかからなかったようです。いや、もし通りかかっても助けてもらうことを拒んで、「自分でなんとかするからいい」と言い張ったかもしれません。人に情けないところを見られるのが、嫌な人です。とにかく這うように自室に戻り、救急車を呼んでひとりで入院をしました。
 
幸いにも骨折ではありませんでしたが、心臓などに心配な点があるかもしれないとのことで、しばらく検査入院となりました。結局、大事には至りませんでしたが、その2週間でますます歩くことが少なくなって、脚が動かなくなってきました。家に戻っても、「引きこもり」のような状況になっています。「たまには一緒に散歩に行きましょうよ」と誘ってみても、「こんな体では人前で歩くのはいやだ」などと言って、家から出ようとしません。

 

企業人としてのぼりつめたプライドがあるから

1_2なぜ、そんなにかたくなに……? 仕事場の先輩に介護の愚痴をこぼすと、先輩は言いました。「だって、Tちゃんのお父様は、会社員から仕事を頑張りぬいて、取締役になったんでしょ? ご自分にプライドがあるのよ。かっこ悪いところなんて、人に見せられないのよ」
 
そうかもしれません。
父は大学を出て、小さな貿易会社に入社しました。当時は国際交流だのグローバル化だのという言葉も口にされることはなく、渡航することすら今ほど簡単ではなく、海外との折衝は大変だったようです。しかし、父の尽力で会社の実績は徐々に上がり、高度成長の追い風もあって、会社は次第に大きくなっていきました。私が幼稚園の頃には、課長、小中学校の頃には部長に。そして、高校生の頃には、父は取締役になっていました。
 
その頃の父は威厳があり、言葉のひとつひとつに重みがあると、周囲から言われる存在だったようです。取引先は毎週末、かわるがわるゴルフに誘ってくれ、早朝と夕方には家の前に送迎の車が止まりました。お盆と暮れにはたくさんの品物が届き、正月にも自宅に挨拶に来る人がいるぐらいでした。そんな父だからこそ、歩けないところを人前にさらしたくない、と思うのでしょう。
 
けれど、もう取締役でもなんでもないのです。もう少し自分を解放して、人の世話になってもいいと思うのです。それに、近年、母のほうが弱ってきました。日にちや曜日の感覚もにぶくなり、料理をしては鍋を焦がす、といった具合で、いつまで父の世話ができるのか。考えてみれば母だって80に手が届くのです。老老介護もいいところです。
 
なんとかしなければいけない、と私が焦ったのがいけなかったのでしょうか。父が怒りに震える事件が起きてしまいました。
 
次回は要介護認定を受けるお父様の様子をお伝えします。
 
*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

T・Iさん(女性 54歳)インテリアコーディネーター
神奈川県在住。夫、社会人の長女、大学生の長男がいる。電車で1時間ほどの県内に今年90歳になる父親がいる。母親は昨年、特別養護老人ホームに入居。ひとりっ子なので両親の世話はひとりで担う。以前は忙しく仕事をしていたが、介護が始まった4年前からは量を減らし、週に3回は実家に出向く。叩き上げで平社員から取締役に上り詰めた父親は、プライドが高く介護を受けることを嫌うため、ケアがすすまないのが悩みの種。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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