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W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

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父母が同時に病気に。一人っ子の娘は、同居を決断~介護体験談 Wさん 1

2015年1月19日

女性が実母の介護をすると辛辣になると言います。が、女性同士、分かり合え、話し合える部分もあり、介護をした期間そのものが、思い出深いものとなります。一方、実父の介護は父親側の気持ちの揺れが介護に大きな影響を与えます。娘に世話になることへの申し訳なさや寂しさが怒りに変わり、その言動に振り回されることも……。今回の「私の介護体験談」は、母親の介護とともに骨折や肺気腫の症状を繰り返し、死も覚悟した父親の日常を支えた娘のW・Tさんの物語です。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

看病の担い手の母が病気になって……

1_1正月に実家を訪ねた折、どこかいつもと違う気配を感じていました。年金暮らしでありながら、いつも手入れの行き届いた布団や新しいタオルで私たち家族を「長く泊まっていって」と迎えてくれていたふたりが、今年は日帰りにしてほしい、と言ってきたのです。その理由を探りたくて、台所に入っていた母に声をかけると、「今度ゆっくり話したいから」と小声でささやきました。

 

1週間後、ひとりで母を自宅に訪ねると、隣室にこもった父を気遣いながら、母は頭を下げました。「力を借りたいの。私、病気なのよ。脳に血栓があるみたいなの」。

 

驚きました。父は肺気腫の持病があり、肺炎などで入退院を繰り返していましたが、風邪もあまりひかない母が……。最近、頻繁に頭痛や息切れを感じていたので、かかりつけの医院に受診したところ、大きな病院を紹介され、判明したといいます。

 

「今は薬でなんとか生活しているけれど、もしかしたら、突然死んでしまうかもしれないし、わからないでしょう? 日頃も疲れやすくて……。これまで、お父さんの入院の世話などは私がやってきたけれど、私が入院するなんてことになったら、家事もできないし、困ってしまうと思うの。それにね、病気になると、お金がかかるから。……実はね、預金もそんなにないの。私が先に早く死んでしまえばなんとかお父さんひとり、やっていけるかもしれないけれど、お父さんひとりじゃ、お金のやりくりもできないでしょうしね。少しずつ、あなたもかかわってもらいたくて。ひとりっ子だから、全部あなたの肩にかかってしまって、本当に悪いわね」

 

突然のことに、何を言っていいのかもわからず、当惑するだけの自分がもどかしい。ようやく口を開き、「とにかく、急いで考えるわ。言ってくれてよかった。また近々来るから」、そう言って笑顔を作って帰ったけれど、帰り道の足取りは、今まで感じたことがないくらい重いものでした。

 

帰宅して、夕食の食卓で夫や子供たちに伝えると、みんな無言になってしまいました。娘は、「あの元気だったおばあちゃんが……」と涙ぐんでいます。

 

食卓では黙って聞いていた夫は、翌日、こう言いました。
「いろいろ考えてみたんだけれど、お父さん、お母さんと同居しないか? うちの両親も亡くなってしまったし、親戚も文句は言わないだろう。うちの敷地に部屋を増築して、スペースを分けたらどうかな。増築の費用は、あちらの家を売ったお金をあててもらって、残りは貯金してもらえば、いざというときの資金になる。大きな決断だからね、お父さんにもお母さんにも納得してもらわないとできないことだ。ママも同居したら大変だぞ。よく考えて決めたほうがいいけど、俺はそれでかまわないよ」

 

なんて夫はすごい人なんだろう……。感謝の涙があふれ、夫を送り出すと、私は実家に向かいました。

 

母の病気に嫉妬する父

1_2それから半年ほど過ぎ、両親は我が家の横に増築した部屋に越してきました。一応プライバシーは保たれ、ドアひとつで様子が見られるので、お互いに安心できます。ただ、肩の荷が下りてほっとしたのか、引っ越しの疲れが出たのか、母は横になる時間が徐々に増えていきました。

 

それでも父は昔から変わらぬ亭主関白で、母にあれこれやらせようとします。母も具合が悪いのに、自分の通院は、いくら私が付き添うと言っても、母なしでは行きません。食事のしたくもすべてやらせ、母の病状などおかまいなしです。父の暴君ぶりに私だけでなく、夫や子供たちもあきれ、怒り、父への態度が硬化してきました。

 

すると、あるとき父は爆発しました。「みんな、母さんばかり甘やかして。俺だって病気なんだ!」興奮して怒り叫び、薄着で家を飛び出して、数時間戻ってきませんでした。それが引き金になったのか、ひどい肺炎を起こし、翌日から入院しました。さすがに入院の準備は私がしましたが、母に見舞いを求め、母も父のことを放ってはおけず、私とともに毎日のように父のもとに行きました。

 

私は下の娘が中学に入ってから7年間、近くの歯科医でパート勤めをしていました。子どもたちの学費のために、少しでも働いてお金を貯めたかったのです。しかし、上の息子は社会人となって、地方勤務で家を離れています。娘も大学3年生、学費もあと一息です。父母の世話に時間がかかるようになり、娘からも「少しパートをお休みしたら? お母さんまで具合が悪くなったら大変だよ。私もバイトを増やしてお小遣いをもらわないようにするから」と言われ、仕事を辞めることにしました。

 

父が叫ぶのもあながちわがままではなく、父の肺の状態は徐々に悪化していっていました。投薬や通院だけではそろそろ限界で、酸素ボンベを使用することをすすめられました。日常生活での運動や食事にも制限が加わり、父の気持ちも沈んでいきました。そして、私も父の世話、母がわりの家事にと追われていきました。

 

いつか倒れて命を落とすかもしれない母、呼吸がおぼつかない父。先の見えない不安を抱え、父母と私はそれぞれに、心に闇を抱えることになりました。

 

次回は病状が急激に悪化する父親の様子をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

W・Tさん(女性 56歳)歯科医院勤務
千葉県在住。夫、社会人の長男、大学生の長女がいる。8年前、同居した両親(父80歳、母71歳)が同時に体調を崩し、2人の介護に追われる。先に母親が死去し、その後は骨折や肺気腫の症状で呼吸不全を繰り返す父親の介護に明け暮れる。夫や子供たちは理解があるが、その状況をひとりで抱えてしまったW・Tさん自身が体調を崩し、早々にパートの仕事を辞めるが、2年ほどは腰痛に悩まされる。現在はもとの仕事にもどり、週3日出勤する。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
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