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連載スタート!認知症★ドタバタ介護日記

W認知症・じーちゃんばーちゃんと暮らす、ゆず子の介護奮闘記!

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

7月25日

【最終回】ゆずこ家の介護はまだまだ続く!~漫画★孫娘のガチンコ介護

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泣いてももう、母は帰ってこない。やり残した後悔~介護体験談 Eさん 4

2014年12月15日

認知症によって起こるトラブルや父母のケンカに翻弄されているうちに、当事者のお母様が倒れてしまう――。突然の展開に、家族全員が大きな衝撃と悲しみに包まれました。最終回は、そんな中でE・Mさんがどう感じ、行動したのかを、じっくりと伝えていただきます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

一度ならず、二度の出血が起こって……

4_1トイレで母が倒れ、父の叫び声で私たちが駆けつけたとき、母の口はパクパクと動いていました。何を言おうとしているのか、聞き取ることができず、私たちは母の口元に耳を近づけ、必死に聞こうとしました。けれど、口が動くだけです。「お母さん、お母さん、何を言いたいの!?」と言ってみても、虚しいだけです。そして、遠くから聞こえる救急車のサイレンが少しずつ大きくなるにしたがい、母の口の動きも小さくなっていきました。

 

救急車で病院に運ばれ、くも膜下出血だと言われました。くも膜下出血は、一度の出血ならまだいいですが、二度目が来ると命が危なくなるとよく言われます。私たちは「お願い、神様、母に何も起こりませんように」と祈り続けました。しかし、願いもむなしく、二度目の出血は、起こってしまいました。

 

医師は神妙な顔でこう言いました。「残念ながら、意識を取り戻すのは不可能です。最高の奇跡が起きたとしても、植物状態で生きながらえるということだと思ってください」
私たちは交代で泊まり込みながら、母を見守りました。最後に暴言を吐いた父も同様で、2日間、手を握りっぱなしで、「母さん、俺のことを怒ってるよな」と言いながら、泣き続けました。しかし、2日たつとサバサバとした調子で言うのです。「ああ、お腹がすいた。なんかうまいものでも食べてこよう」耳を疑いました。この変わり身の早さは……? 

 

その後数時間で、母は息を引き取りました。

 

思えば父は、昔からこういう人でした。小さなことに固執しない、と言えば聞こえがいいのですが、いやなことは忘れてしまおうという脳天気な人でもありました。またしても、私は怒りを覚えました。

 

しかし、それは、特攻隊として飛行機に乗るはずが、乗らずにすむような役職についていたことと関係があったのかもしれないと、あとから思いました。目の前で友人が次々に死に向かっていくのを黙って見守らなくてはならなかった父。国のために亡くなることができなかった自分として生きていくために、いやがおうでも身につけた術なのかもしれません。そして、こういう対処の仕方が、母が亡くなることへの、自分なりの我慢の形だったのかもしれないな、とも思うようになりました。人は、単純なように見えて、実は複雑なのかもしれませんね。

 

母の遺影に手を合わせては語りかける

4_2私には、後悔だけが残りました。なぜ、もっと母や父に丁寧に接してあげられなかったのだろう。特に、母には病気を受け入れているつもりでも、自分の都合を考えて拒否していたこともたくさんありました。もっとやさしくできたのに。5年間もいっしょに暮らしながら、私は母に背中ばかり見せていた気がします。母のほうをまっすぐに見たら、自分がもっと病んでしまいそうで、心の中で逃げていたのだと思います。家族は私を精一杯ねぎらってくれました。夫は「もうこれ以上できないというところまでやったじゃないか」と言ってくれ、子どもたちも、「少しゆっくり休めばいいよ」と、家事を肩代わりしてくれました。けれど、私は今も、自分のことが許せないでいます。

 

今、もう一度最初から母の介護をしたら、どうだったのだろう。もう少しうまくできたのではないかと思ったりもします。もしかしたら、仕事を休業せずに、ゆっくりとしたペースで続けていたなら、自分もこんなにストレスでいっぱいにならなかったかもしれない。笑顔で母を見守ってあげられたかもしれない。
母が亡くなって2年。母の遺影に手を合わせながら、今日も自問します。すると母が「そんなに悩んでばかりじゃいけないよ」と声をかけてくれるような気がします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

E・Mさん(女性 55歳)主婦
神奈川県在住。7年前、家の新築とともに両親と二世帯同居することになり、同居するとすぐに、母親の認知症が発覚。当時74歳だった。76歳の父親も持病を抱えていた。中学1年生の長女、高校1年生の長男、夫との平穏な暮らしに大変化が起きる。はじめたばかりの自宅での美容の仕事も休止せざるを得なくなった。悩まされたのは、父親とのバトル。激しく怒鳴り合った後、もっと激しく落ち込む母親に寄り添いながら、自らも体調を崩していった。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
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●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
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→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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