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「亭主関白と貞淑な妻」の関係が、認知症で変化~介護体験談 Eさん 3

2014年12月8日

同居する母親の認知症が発覚し、動脈瘤もみつかって以来、母の世話に明け暮れたE・Mさん。しかし、大変なのはそれだけではありませんでした。母の病気を認められない父との夫婦喧嘩が絶え間なくなり、怒号の嵐に。仲裁するうち、自らの心と体が病んでいく……。介護のつらさのピークを迎えます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

何かと頼ってくる母のために、仕事を休業した

3_1父と母との関係は、いわゆる「亭主関白と貞淑な妻」の関係でした。わがままな父の言動に悩まされながらも、母は口答えをすることもなく、黙って父についていきました。私の方が憤慨して、「もう少し自己主張したらどうなの?」と母に進言するほどでした。

 

ところが、認知症がすすんできたら、母も激しくなっていきました。
暴言を吐く父に、暴言で返す。ふたりのけんかは、とどまるところを知りません。そのあげくに、母は私のところにやってきて、「もう、お父さんとは離婚する!」と騒ぎ立てるのです。1日に1回は駆け込んでくるので、本当に困りました。そのたびになだめ、頭を冷やすためにお茶を出して話を聴いて。「自宅エステ」の仕事の最中でもおかまいなしなので、「少しがまんして。お客様がいるでしょう?」とついこちらもイライラした声で返してしまいます。

 

そうこうしているうちに、父にも重い持病があることが発覚しました。体調が悪いこともあって、父は家事ができなくなった母を余計に受け入れられないのです。そうなれば、「ふたりで仲良く暮らして」と言っているわけにもいかず、なにかと父母の部屋で家事を手伝うことも増えてきました。「数年後にはふたりの介護をすることになるだろう」と、軽い気持ちで同居したものの、いきなり介護が押し寄せ、私もその状況をうまく受け入れられなかったのです。その戸惑いやストレスを、夫や子どもたちにぶつけるものだから、家族全員が影響を受けてしまって。全員が胸にわだかまりを抱え、ささいなことで皮肉を言ったりして……。まるで負のスパイラルです。4人での平穏な暮らしはどこに行ったのでしょう。こんなことになるなんて――。

 

母もそんな空気を察するのですね。そのうち、妙に気を遣うようになりました。「ちょっと話があるんだけれど、そっちに行ってもいいかい? お客様のじゃまになるかしら」と電話をしてくるようになったのです。これにはショックでした。

 

私ったら、何をやっているんだろう。母の世話をしているつもりが、母に気を遣わせていた。親をみているつもりが、親が娘に遠慮するなんて、娘として最低だ……。それに、父とケンカをしては床にうずくまり、「もう私なんて、死んだほうがましなんだ」と泣く母が、だれよりも一番つらいはずです。

 

母はこんなに苦しんでいるのです。自分の私生活や仕事のことばかり考えているわけにはいかない、せっかく同居したんだから、もっと親をみないといけないんだ。そう考えて、自宅エステも少し休もうと決意し、1年間の休業を宣言することになりました。

 

「母さんを施設に入れてくれ!」と叫ぶ父

3_2時間的に余裕ができたことで、心も体もラクになる、と思っていました。日々のケンカの仲裁も時間をかけてできるようになり、母の家事がうまくいかないところを、時間をかけてフォローして。けれど、今度は四六時中、父母に付き合っていることで、行き場のないストレスが私の中に澱のようにたまっていきます。背中も肩もバリバリにこって、ついには腕が上がらなくなりました。以前に痛めていた腰も痛くなって、家事が終わると横になってばかり。なんとかしなければ、と思うのですが、気力も体力もついていきません。しかも、父と母のけんかは収まるばかりか、さらにエスカレートしていくのです。

 

ある日、父は怒りに任せて私にこう怒鳴りました。「もう俺は、こんな生活はいやだ。俺だって体調が悪くて、大変なんだ。お母さんを施設に入れてくれ!」 思わず私も叫びました、「冗談じゃない、お父さんだって、もっとがまんすればいいのよ! お父さんは体がつらいときは何もしないじゃない。でも、お母さんや私は体調が悪かろうがなんだろうが、休めないのよ。ずっとずっと大変なのよ!」 身勝手な父が許せない。私と母をこんなに疲れさせる父が許せない。私の怒りも収まらず、思わず母の肩を抱きました。けれど、母はいつになく冷静でした。逆上するどころか、しばらく黙って一点を見つめていました。そして、悲しい顔で「お父さん、そんなことを言ってはいけないよ」と、ひとことだけ言うと、また口をつぐんでしまいました。

 

母が突然倒れたのは、2日後でした。本人も家族もたぶんないだろうと思っていた「100分の1」が現実になったのです。母の脳の動脈瘤が破裂し、母の意識は、二度と戻ることはありませんでした。

 

次回はこの体験談の最後を迎えます。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

E・Mさん(女性 55歳)主婦
神奈川県在住。7年前、家の新築とともに両親と二世帯同居することになり、同居するとすぐに、母親の認知症が発覚。当時74歳だった。76歳の父親も持病を抱えていた。中学1年生の長女、高校1年生の長男、夫との平穏な暮らしに大変化が起きる。はじめたばかりの自宅での美容の仕事も休止せざるを得なくなった。悩まされたのは、父親とのバトル。激しく怒鳴り合った後、もっと激しく落ち込む母親に寄り添いながら、自らも体調を崩していった。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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