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食事と民間薬、そしてバイパス手術で奇跡が~介護体験談 Yさん 3

2014年11月10日

末期のすい臓がんに冒された父親を必死で介護する家族の物語。第3回は、抗がん剤をあきらめ、民間療法や医療の対処療法を頼りにする決意とその経過をお伝えします。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

玄米や野菜中心の食事療法が功を奏した

1淡い期待を抱いたものの、地元の国立病院でも、抗がん剤による成果はありませんでした。「高額なのに効果がない治療をいつまでも続けていてもしかたがない」。父の英断で、抗がん剤治療は打ち切ることになりました。

 

そうなれば、民間療法を頼ることになります。父はたくさんのがんに関する本を読み、私はあちこち奔走して調べ、ひとつの食事療法に行きあたりました。
代謝と免疫力を高める食事をすすめる療法で、術後の生存率に着目した内容です。が、手術ができない末期患者も、この食事療法でがんが小さくなることもあり、生存が長くなったケースも多いといいます。わらをも掴む気持ちで本を読み、父も納得してこの食事療法を始めました。
「がんに栄養を与えない」この食事は、野菜中心、精製しない穀物や調味料を使う、といったもので、タンパク質は大豆や一部の魚だけでした。厳格な決まりがあり、主食は玄米や全粒粉のパン、使える野菜まで限られているので、作るほうも食べるほうも大変なのですが、私たちはこの食事療法に望みをかけました。

 

年齢を重ねて手のかかる料理を毎食作ることが難しくなってきた母に代わり、料理を担当するのは、当初から同居していた末の妹でした。けれど、仕事を持っていて多忙ですし、飽きずに食べられるようなレシピを思いつかないというので、私があれこれ試作しては、電話やメールでレシピを伝えていました。東京ならこうした自然食のような素材も手に入りやすいので、自然食品の店を回りながら材料を見つけて実家に送り、妹を励まし、毎日レシピを考えては伝えるような日々でした。頭の中でいつも食事療法に役立つレシピ開発をしているようなものでした。
もちろん、帰省の際には私が調理を担当し、父に食べてもらいました。末の妹と二人三脚で食事療法をすすめているうち、真ん中の妹も自宅に住み込んで介護に加わるようになりました。彼女はとても料理が上手なので、末の妹もほっとしたようです。こうして姉妹3人の協力体制ができると、家族の力が一気に強くなり、それが父の健康維持にも大きく役立ちました。

 

同時に、メシマコブやカバノアナタケという漢方薬も処方しました。高額な民間薬ですが、これを煎じて飲んで、がんが小さくなったケースが多々あるのです。父の願いはとにかく、「がんを小さくして手術をし、健康になること」です。この願いを少しでも叶えられることがあれば、なんでもやってあげたいという心境でした。

 

医学的にも「奇跡」と言われるほどの生存に

3_2担当医は、こうした家族の気持ちもごく自然に受け入れてくれました。「やれることはなんでもやる、というのは私たちも同じ気持ちです」と言い、がんが広がって消化能力が落ちていることをなんとか防ぐため、消化器を洗浄し、消化のバイパスを作って対処してくれました。本来、すい臓の対処のために使う医療ではなかったようですが、「利用してみる価値はある」と持ちかけてくれたのです。先生の技術もよく、このバイパスが功を奏したこともあり、父は地元に戻って1年も元気に暮らしていたのです。自分の足で歩き、読書などを楽しむ日々。肉や揚げ物を食べないので体重は減りましたが、衰えは見えませんでした。

 

末期のすい臓がんが発見されたら、半年以内に命を落とすのが普通だと思っていました。医師もまた、同様に思っていたようです。それが、元気な状態で通算1年半以上も長らえているのです。これは、医学会にとってもひとつの奇跡のようなものだったらしく、医師の医学部時代の教授がわざわざ連絡をとってきて、「内容を詳しく教えてほしい、これは論文ものだ」と言ったそうです。医師は茶目っ気たっぷりに、「ほら、ごらんなさい。ご家族のお世話や食事療法も最高だけれど、僕の治療だってホールインワンなんだよ」とガッツポーズです。そんなやりとりも楽しく、希望を与えてくれました。
父も私たちも、こうして食事療法を続け、漢方薬を飲み続ければ、ずっと元気でいられるような、そんな気持ちになりました。

 

しかしそれも、2012年の秋まででした。少しずつひどくなってきた足のむくみがなおらなくなり、体力もみるみるなくなってきました。手足に力が入らず、11月にはとうとう介護用のベッドを父の部屋に入れることになりました。

 

次回の最終回は、最期に向けての家族全員での介護をお伝えします。

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

Y・Kさん(女性 52歳)主婦
東京都在住。実父は実母、Kさんの妹とともに群馬県で暮らす。3年前、76歳のときに父のすい臓にがんがみつかり、検査の結果、末期と判明。以後、半年ほど東京の病院に通院するも、実家近くの病院に再転院。Kさんは東京と群馬を自らハンドルを握って往復し、最期まで介護の主責任者となった。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
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さまざまな介護体験を語っていただいています
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→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
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