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「名医」に失望し、地元の病院に再度転院~介護体験談 Yさん 2

2014年11月3日

介護の赤裸々な体験を語っていただくこの特集。Y・Kさんの体験談第2回は、末期ガンが発覚し、手術ができない状態で抗がん剤治療を受ける父のために、何ができるのかを模索するいきさつです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

我が家を拠点に、東京での抗がん剤治療が開始

2_1群馬県から、2週間に一度、抗がん剤の点滴のために東京に出てくる父を、まずは我が家に宿泊させることが、私の介護でした。夫は海外赴任で家にいなかったのですが、家には高校受験をする中3の息子、高校2年生の息子、大学2年生の娘がいて、そこに父と付き添いの母がやってくる。私は3人姉妹の長女なのですが、ときどき、ふたりの妹もやってくる。我が家は急に賑やかになりました。

 

食べ盛りの子どもたちの食事に加え、父が好む魚や野菜料理などを作り、布団をととのえるなど、やることはたくさんありましたが、もともと家事は好きですし、両親や妹たちと過ごせる時間が久しぶりに増えて、私としては、病気になった父に感謝したいぐらいでした。

 

母は昔から、行動力はあまりない人です。介護や看護のキーパーソンは基本的に長女の私が中心になって担いました。
ただ、父はとても冷静で前向きな人で、自分の病気を受け入れた上で、どうやったらがんが小さくなるかを自分で調べ、自分なりの方針を立てて実行できる人です。治療方法なども医師の説明を聞いて父が決定しますし、家庭での過ごし方なども、まずは父がおおまかな方針を決め、私たちはそれをサポートする、という形ですすめていました。

 

だから、病院に父の病状を聞くときは、いつも父がいっしょです。かなり厳しい話も黙って受け入れ、治療に立ち向かうので、父に遠慮したりウソをついたりする必要はまったくなく、むしろ、病人なのに、父がこのプロジェクトのリーダーのように思えました。私は父の意向に合わせてあとをついていくようなイメージです。自分の父ながら、すごい人だな、と思いました。もともと父のことは尊敬していましたが、がん患者となって、ますます人間的に尊敬できる人になっていきました。

 

抗がん剤の効果が見られず、新たな段階に

2_2幸いなことに、父は抗がん剤を投与しても、あまり副作用がありませんでした。吐き気や食欲不振は訴えましたが、実際に吐くことはなく、髪が抜けるなどの症状も見られませんでした。しかし、残念なことに、半年間の投与を続けても、がん細胞の数が減ることはありませんでした。

 

東京の「名医」は手術を執刀するにはとても有能な方なのでしょう。しかし、日々の抗がん剤治療などにはあまり興味がないようで、手術ができないとなると、俄然「抗がん剤を定期的に入れるだけの患者」として扱われているような、そんな気持ちになりました。期待してわざわざ群馬県から治療に来ているのに、という気持ちがこちら側に強かったせいかもしれません。それだけに不信感もつのり、父も含めて家族全員が、「もうここの病院で治療を続けてもしかたがない、それなら通いやすい地元の国立病院に戻ろう」と考えるようになりました。

 

地元の国立病院に戻ってできることといえば、やはりこのステージでは抗がん剤治療が中心です。また、すい臓がんの抗がん剤はそう種類が多いわけでもありません。どれほどの効果が期待できるのか、家族も不安に思っていました。そんななか、父は「こちらで抗がん剤治療をある程度したとしても、成果が出なかったらすぐに打ち切る」とキッパリと言いました。担当となった国立病院の若い医師は、父の思いを汲んで、快く承諾してくれました。その上で「今の段階でもできることを考えて、一生懸命にやります。ただ、前例のないことが多いでしょうから、手探りですが」と正直に言ってくれました。私たちといっしょに考え、歩んでくれる医師は、ここにいたんだ――。とても安心し、心強く思いました。

 

父はあと何カ月生きられるのだろう。その間、私たちは何をしてあげられるだろう――。いよいよ家族の接し方の真価が問われる時期になりました。

 

次回は民間療法や食事療法、医療での対処療法で奇跡的に長命となったいきさつをご紹介します。 

 

*写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

Y・Kさん(女性 52歳)主婦
東京都在住。実父は実母、Kさんの妹とともに群馬県で暮らす。3年前、76歳のときに父のすい臓にがんがみつかり、検査の結果、末期と判明。以後、半年ほど東京の病院に通院するも、実家近くの病院に再転院。Kさんは東京と群馬を自らハンドルを握って往復し、最期まで介護の主責任者となった。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
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●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
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さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
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