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認知症発症から8年。在宅介護も限界に…~介護体験談 Sさん 3

2014年9月15日

高齢者の介護の体験を語る、「私の介護体験談」。認知症の実母を介護したS・Aさんの体験シリーズ3回目では、発症から8年たち、ますます認知症が進んだ母親が、いよいよグループホームに入居するところまでを描きます。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

昼夜逆転、徘徊、汚物をまきちらす……

3_1認知症の発症から5年が過ぎると、母の昼夜逆転が始まりました。昼はデイサービスに通いますが、夕方、父と顔を合わせるのをいやがるようになり、食事をするとそそくさと部屋に入って眠ってしまうので、夜半に目が覚めてしまうのです。

 

当時、父と母は隣同士の部屋で眠っていましたが、隣の部屋で真夜中にゴソゴソと音がし、歌を歌い始め、日によっては出かけようとするので、父も熟睡できなくなりました。ならば、家族が添い寝をしてあげれば、もう少し落ち着くのでしょうが、父と母とのこじれた間柄では、すでに添い寝などする状況にありません。

 

昼間はデイサービスの送迎の受け入れや掃除・洗濯などを請け負ってくれている兄嫁も、夕方以降は「世話をしない」と決めているようで、訪問介護スタッフも帰宅してしまう夜から朝にかけては、さまざまなトラブルが発生しました。母の部屋を朝あけると、食べ物も衣類もすべてがいっしょになっていることもあったようです。

 

特に、夜中に徘徊し、朝、ベッドがもぬけの殻になっていると、大騒動です。兄嫁が近所を探し回り、兄嫁も疲れてきました。その頃には、夜はオムツを付けるようになったのですが、徘徊をしている間にもよおしたようで、隣家の庭に排便をしてしまい、脱ぎ捨てたオムツもそのままに、下半身裸で帰ってきたこともありました。意を決してあやまりに行った父が不憫でなりませんでした。そんなときにすぐに飛んでいけない自分のもどかしさ……。

 

でも、私は週に一度の世話、兄嫁は送迎の受け入れや父母の部屋の掃除・洗濯だけで精一杯でした。もしこれ以上がんばったら、どちらかが折れてお互いを責め、家族関係が崩壊になりそうでした。兄嫁と私はお互いに「もっとやってくれたらいいのに」と不満を持っていましたが、あえて言わないことだけが、在宅での生活を継続させる唯一の道ではないかと、思ってもいました。

 

もうだれも母親の世話ができなくなっている

それでも認知症発症から8年たって、もう無理、という状況になりました。母は昼間の排泄もコントロールできなくなり、オムツの中で排尿や排便をするようになってしまいました。あるとき、私が家に入ると、便の臭いが。ああ、ついに来たか……。母親の下の世話をすることに、もちろん抵抗はありました。けれど母のオムツを早く替えてあげなければ、かぶれてしまう。親は子供に戻ったのだ、赤ん坊のオムツを替えるのと同じだと思うしかない。そう言い聞かせ、父に「おしりふきとオムツ、あるよね? 出して」と言ったのですが、「どこにあるのか知らない」と言うのです。驚愕でした。おそらく、母が便をオムツの中にしたのははじめてではないでしょう。そのときは、どうしていたのでしょう? 私も訪問介護スタッフもいない時間に便をしたら、朝まで放っておくのでしょうか?

 

父は何食わぬ顔で、私が作った夕食を食べています。「どうなっちゃってるんだ……」と困惑しました。いくらオムツ替えが苦手だといっても、階上の兄嫁に頼むことだってできるだろう。けれど、父は言いました。「2階は、夜8時になると内線電話に出ないんだよ」。

 

ああ、これじゃ無理だ、と思いました。こんな状態で、在宅介護なんて続けられるわけがない。だれもオムツを替えられないんだもの。そういう私だって、母が便をもらすたびに車で飛んでこられるわけではありません。

 

翌朝、私はケアマネジャーさんに相談しました。ケアマネジャーさんは黙って話しを聞いてくれ、「考えてみます」と。けれど、どう考えても無理ということになり、結局、母に認知症グループホームに入ってもらうことにしたのです。

 

兄がケアマネジャーさんと決めたグループホームは、豪華な設備と手厚い介護をうたうところでした。兄のせめてものはからいだったのでしょう。料金は高めでしたが、申し分のないところでした。

 

3_2入居の朝、家族は全員でグループホームへ送っていきました。母はいつになく上機嫌で、私たちにバイバイと手を振って、グループホームのリビングに腰掛けました。もう私たちのほうは見ずに、テレビの画面を一心に見つめていました。

 

ひどい敗北感が襲いました。家族ってなんだろう。すでに私のことも父のことも兄夫妻のことも、家族とは認識できなくなって久しい母。その母にギブアップした私たち――。
グループホームの玄関を出るとき、みんな無言でした。

 

でも、心のどこかで、ホッとして肩の荷を下ろしている自分を感じていたのも、私だけではなかったと思います。

 

次回は、入居したグループホームの経営不振から転居を決意する最終回です。

 

*本文中の写真はイメージです。

 

*この体験談の1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

プロフィール

S・Aさん(女性 53歳)会社員
母親は70歳で認知症を発症し、16年間介護を続けている。短期記憶の衰えから始まり、徘徊など、さまざまな行動も始まる。同居の父親は常勤の仕事を持ち、いわゆる昔の男として、母親に以前と同様の家事などを要求し、混乱を招く。2階に長男家族が住み、同居の際には両親の介護を請け負うのも暗黙の了解であったが、いざ直面すると逃げ腰に。S・Aさんは車で30分の距離に住まいを持つ。

 

介護体験談はこちらの記事も参考に

私が思う「良い老人ホーム」より
●デザイナー・東海大学講師/山崎 正人さん
●モデル・タレント・ビーズ手芸家/秋川 リサさん
●フリーアナウンサー/町 亞聖さん
●エッセイスト・ライター/岡崎杏里さん
●フリーアナウンサー/岩佐 まりさん
●映画監督/関口 祐加さん
●漫画家/岡 野雄一(ぺコロス)さん

 
さまざまな介護体験を語っていただいています
→ 介護体験談<親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<義理の親の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<妻・夫の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<祖父母の介護 編> 一覧
→ 介護体験談<その他の介護 編> 一覧

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