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高校生で始まった母親の介護で気付いたこと~アナウンサー 町亞聖さん1

2016年6月21日

ごく普通の高校生として毎日を謳歌していた町 亞聖さん。しかし、高校3年生の時に突然母親が倒れ、介護と弟妹の世話を余儀なくされました。大学受験、浪人生活、そして翌年見事大学に合格したあとも、介護に切れ目はありません。人生の一番楽しい18歳から28歳までを、友達との遊びや旅行も犠牲にしながら、ひたすら家族のために尽くしてきました。その経験をたどりながら、現在の日本における介護の問題や、町さんが思う「良い老人ホーム」を語っていただきます。第1回目の今回は、介護保険もなかった当時の介護の様子を伺いました。

 

*このインタビューの1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

○●○ プロフィール ○●○
image001町 亞聖(まち・あせい)さん フリーアナウンサー
1971年、埼玉県出身。立教大学卒。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。その後、報道記者、番組アシスタントプロデューサーを経験。2011年、フリーアナウンサーに転身。自身の経験から医療や介護を生涯のテーマに、取材を続ける。TOKYO MXなどの番組でMCとして出演中。関東一円で展開する在宅医療クリニック・悠翔会が主宰する勉強会「在宅医療カレッジ」学長も務める。著書に自身の介護体験をつづった『十年介護』(小学館文庫)がある。

 

 

介護だけでなく、弟や妹の母親役も

――高校3年生のときにお母様が突然、倒れたのでしたね。

町さんの介護体験が綴られた著書『十年介護』

町さんの介護体験が綴られた著書『十年介護』

そうです。1990年1月のある朝、母は洗濯をしているときに突然具合が悪くなって。くも膜下出血でした。当然、当時はなんの覚悟もありません。制服のスカートを短くして、学校帰りに友達とファストフードのお店でおしゃべりするような、私もごく普通の高校生でした。だから、最初はうまく受け止められませんでした。

 

母は手術をしても、最悪、手術中に亡くなってしまうこともあるかもしれないし、助かっても、重い障害が残ることは間違いないと言われていました。幸いにも手術によって命は助かりましたけれど、言語障害、右半身麻痺が残りました。言語障害は、訓練で軽減する人もいるようですが、母の場合は失語症のような状態で、最期まで言葉を取り戻すことはできませんでした。

 

うちは父が頼りなく、家事は全然できませんし、ときどきお酒を飲んで暴れちゃうような人だったんです。母のことはすごく心配して、毎日病院に通っていましたけれど、日々の暮らしの中で、父を当てにすることができませんでした。母不在の家庭を切り盛りするのは、私1人の手にかかっていました。当時、弟は中学3年、妹は小学校6年。このふたりをなんとか守って育てていかなければいけません。恥ずかしながら、それまで私は母の手伝いをまったくしていなかったので、料理も作れませんでした。夕食を作ろうにも、カレーの箱の裏側に書いてあるレシピを見ながら、「えーと…」と(笑)。すべてがゼロから、という感じでした。

 

当時は「介護サービス」という概念がなかった

――介護サービスを利用することなどは、考えなかったのですか?

ご自宅での、町さんとお母様の楽しそうな様子

ご自宅での、町さんとお母様の楽しそうな様子

1990年の当時は介護保険制度が制定される前で、介護ではなく福祉という言葉が使われていた時代です。今はあたりまえに「介護サービス」と言いますけれど、介護がサービスだ、という概念もありませんでした。

 

老人ホームも、当時は「措置」といって、生活に困っている人や、家族が介護できないような場合に、政府が「福祉を与える」というような感覚でした。だから、選択できる施設やホームはなかったと言っていいと思います。

 

母の場合は、身体障害がありましたので、入居するとなると、身体障害の施設ということになります。ですが、その施設は当時、生まれながらに障害を持ち、親元で暮らせないような重度の方が入居していることがほとんどでした。人生の途中で障害を持った母のような大人が入れる施設は、恐らくなかったのではないでしょうか。今から25年前で、家族が介護するのが当たり前の時代でしたので、そういうところで過ごすというのは、想像がつかず、利用することは考えなかったですね。

 

ヘルパーさんを頼むことはできたと思うのですが、私自身が18歳で、どう頼んでいいかもわかりませんでしたし、当時は今より「家政婦さん」のイメージが強かった。家事をお願いすることにお金を払うというのも、経済的に考えられませんでした。一番下の妹はまだ小学生でしたので介護の戦力にはならず、長女の私が全てやるしかなく…。ただ幼い弟と妹がいたからこそ、この2人のために私が逃げ出すわけにはいかないと思えました。今で言うヤングケアラーの走りですね、私たちきょうだいは(笑)。

 

ただ、当時は、今のように、入院期間が短くありませんでした。母の場合は4ヵ月ほど急性期の病院に入院し、その後、9ヵ月リハビリ病院に入院できました。母が家に帰ってくるまでの13ヵ月間で、家事や、弟や妹の面倒を見るのに慣れることができました。大学受験に失敗し、浪人してしまったので、限られた時間の中で受験勉強もしなければなりませんでしたが、母が家に帰ってくるまでに、長い準備期間が持てたのは、幸運だったと思います。

 

――18歳から10年間、お母様の介護をされてきたわけですが、人生の一番楽しい時期に、介護に追われたのは、若い女性としてはつらかったのでは?

でも、“家族”を考える大きなきっかけになりました。私たちに与えられた時間には限りがあって。それは、金持ちでも貧乏でも、平等にみんなに与えられている運命でもあり約束でもあるんです。そういう時間を歩みながら、生きているという、当たり前の幸せのありがたさを知りましたね。母は大切なことを教えてくれました。

 

<今回のまとめ>

町さんが考える「突然の介護に必要な備え」とは

 

・介護は突然ではなく「全ての人が直面する問題」だと意識しておく
・介護が始まる前に、介護や医療に関する情報を収集しておく
・介護は「試練」ではなく「学び」と考える

 

次回は、在宅介護と介護離職について、意見を伺います。

 

*このインタビューの1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

*町 亞聖さんの著書『十年介護』を、書籍紹介記事で詳しくご紹介しています。

 

 

老人ホームを検討される方は・・・【初めての老人ホーム探しガイド】

現在老人ホームや高齢者向け住宅を検討中の方は、こちらのページも、ぜひ参考にしてみてください。

 

●本人と家族にぴったりの老人ホームを探すには→ 老人ホームの「見つけ方・選び方」

 

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