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認知症の良い介護とは「相手の怒りにつられないこと」岩佐さん(1)

2015年9月15日

親御さんやパートナーの「介護」を始めるのは、40代を過ぎてから、という人が圧倒的です。でも、岩佐まりさんが介護を余儀なくされたのは、20代の頃。
お母様が55歳で物忘れが始まり、58歳の時にMCI(アルツハイマー型軽度認知障害)、60歳でアルツハイマーと診断されました。介護に疲れたお父様に代わって26歳の頃には半年ほど、ふたりで一時同居。その後、2013年から本格的に引き取り、働きながらお母様の介護を始めました。
パワー全開で元気に過ごすお母様と暮らし、デイサービスやショートステイを使いながらの毎日。その中での、「良い介護とは?」「良いホームとは?」を、リアルに語っていただきました。

 

*このインタビューの1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

○●○ プロフィール ○●○
岩佐まり (いわさ・まり)さん フリーアナウンサー
1_1 1983 年、大阪府生まれ。フリーアナウンサー。ケーブルテレビのキャスター&レポーターや、ネットチャンネルの司会などを務める。2003年から物忘れが始まった母を、2009年一時介護、そして2013年から本格的にシングル介護を始める。2009年に、介護の様子や気持ちを綴ったブログ「若年性アルツハイマーの母と生きる」を開設し、介護で苦しむ人をはじめ、これまで介護に縁のなかった人にも感動を与える。2014年以降、数々のテレビ番組でも紹介され話題に。2015年6月にブログと同タイトル『若年性アルツハイマーの母と生きる』(KADOKAWA)の著書も刊行。

 

ブログ『若年性アルツハイマーの母と生きる』

 

父と母がバトルになり、東京に母を引き取る

――お母様に若年性アルツハイマーの兆しが見つかったのは、お母様が55歳、まりさんが20歳の頃ですね。

MCIと診断された2006年頃。少しでも記憶をとどめようと、なんでもメモをしていたというお母さんのノート

MCIと診断された2006年頃。少しでも記憶をとどめようと、なんでもメモをしていたというお母さんのノート

はい、舞台女優になりたくて、高校を卒業して上京したのが18歳のとき。その頃から、母はひどい頭痛に見舞われるようになり、私が20歳の頃に、もの忘れが始まりました。母は55歳でした。成人式は大阪でやっていますが、式場に送ってくれた母を、「ひとりで帰れるかしら」と心配になったのを覚えています。

 

母も自覚して、細かくメモを取るなどしてがんばっていましたが、だんだん家事ができなくなってきて。大阪で父とふたり暮らしをしていましたが、父は昔風の男性なので、家事ができなくなる母に、かんしゃくを起こしてしまうんですよね。母は心の居場所を失った状態になってしまったので、2009年、26歳のときに一時的に引き取りました。

 

2012年当時、母64歳、まりさん29歳。大阪で夫婦で暮らすも、父親の介護が限界に

2012年当時、母64歳、まりさん29歳。大阪で夫婦で暮らすも、父親の介護が限界に

その後、父が「帰ってきてほしい」というような手紙をよこしたので、半年ほどで東京での同居生活を終えて、母は大阪に帰って行きました。父も、寂しかったんでしょうね。帰ってからは父なりに、一生懸命に母の世話をしたんですよ。でも、症状はひどくなるばかりで。バッグをどこかに置いてきてしまったり、通帳をATMに入れっぱなしにして帰ってきてしまったり。キャッシュカードの暗証番号も覚えられないので、もうカードも使えません。そのうち、食事をしたのかしていないのかもわからないようになって、食べ方さえ忘れてしまうような感じで。

 

あれは2013年の始めですね。大阪に買ってみたら、もともと痩せていた母がガリガリになっていていました。お風呂にもきちんと入っていなくて、体からは異臭が漂っています。何をするにも手こずる母に手を焼いて、もう父は体力も気力も限界で、介護できなくなっていたんですよね。

 

――それまでは、訪問介護やデイサービスなどはまったく使わなかったんですか?
はい。母は病院に行くこともいやがったので、要介護認定も受けることができなくて。でもそうも言っていられないので、なんとかなだめて要介護1をもらって、その後は大阪で週に2日、デイサービスを使わせてもらうことになりました。でも、デイサービスに行くのもいやがるし、昼夜逆転して夜中に部屋を歩き回ったりして。ますます介護が大変になってしまったので、ついに私が引き取ることにしたのです。2013年3月30日のことでした。

 

ぬいぐるみを投げつけたこともあったけれど

――東京でのふたり暮らしはどんな感じだったのですか? まりさんは仕事をしているわけですし……。昼間はどうしていたのでしょう?
当時、私はフリーアナウンサーとはいっても、フルタイムで事務所に通うような仕事をしていたので、昼間はまったく母の介護ができないんですよね。それで、デイサービスのお世話になりました。日曜日にも仕事が入ることがあるので、日頃通うデイサービスのほかに、365日24時間お願いできるデイサービスにもお願いすることにしました。区分変更もして、要介護3になりました。

 

母は最初、デイサービスに行くのをいやがりましたけれど、あの手この手でうまくのせて、なんとか行ってもらって。感情の起伏が激しいので、すぐ「ふざけんな!」「バカヤロー!」と暴言を吐くんですけれどね。それでも、運動や気分転換のためにも、デイサービスに行くほうがいいのかな、と思っています。ただ、家やホームを抜け出して行方がわからなくなり、捜索することもありましたね。

 

――そんな状況の中で、よくひとりで介護されていますね。

同居介護も3年目。表情もやわらかくなり、いつもまりさんを笑わせてくれるお母さん、現在67歳。

同居介護も3年目。表情もやわらかくなり、いつもまりさんを笑わせてくれるお母さん、現在67歳。

最初の頃は、私のする介護は、けっして「良い介護」ではありませんでした。…今も「良い介護」と言えるのかは、あまり自信がありませんけど(笑)。

 

母が怒ってぬいぐるみを投げつけてくると、私もカッとして、投げつけて。母も慣れない環境なので、「帰る、こんな狭い家、いやだ!」っていうんですよ。すると腕をつかんで、「帰るな!!」と怒鳴っちゃったり。

 

若年性アルツハイマーの人って、80歳とか高齢で認知症になる人と違って、体力があるんですよね。ですから、ぬいぐるみでも、投げつけられると痛いです(笑)。それに、行動力があるから、ふいに徘徊して戻ってこなくなったり、家の中でぐるぐる歩き回ったり、怒るにしてもパワー全開で。こちらも体力が必要です。だから、怒りを怒りで返すと、こっちがヘトヘトになってしまう。

 

これじゃ、ダメだと思いました。そして、どうしたらいいか、考えました。で、結果としては、開き直るしかないってことがわかったんですね。母が怒鳴るのは、しょうがない。怒鳴り返して諭そうと思っても、そんなことは無理なんだって。

 

それなら、どれだけ相手につられないで、自分の感情をどれだけ抑えられるか。やってみようと思ったんです。母のためを思えば、怒りを怒りで返すより、こちらが母の怒りの回路を変えて対処しなきゃって。だって、母を救うために、引き取ったんですもんね。怒ってバトルのようになるのは、正解ではないですよね。

 

<今回のまとめ>

岩佐さんが考える「良い介護」とは

 

・相手の怒りにつられない
・諭してわかってもらおうと考えるのをやめる
・相手の怒りの回路を変える工夫をする

 

第2回の次回は、岩佐さんが考える「良い介護」の基本を語っていただきます。

 

*このインタビューの1回目2回目3回目4回目(最終回)はこちら

 

*岩佐まりさんの著書『若年性アルツハイマーの母と生きる』は、オアシスナビ書籍紹介記事で詳しくご紹介しています。

 

 

老人ホームを検討される方は・・・【初めての老人ホーム探しガイド】

現在老人ホームや高齢者向け住宅を検討中の方は、こちらのページも、ぜひ参考にしてみてください。

 

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