赤い鼻とクラウンの衣装で病院や老人ホームなどを訪れ、患者さん、利用者さんに触れ合う活動を続けている金本さん。そこでは、どのようなコミュニケーションをしているのでしょうか。
利用者さんだけでなく、介護職にも影響を与える金本さんのリアルなケアリングについて、今回は伺います。
*このインタビューの1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
○●○ プロフィール ○●○
金本 麻理子(かねもと・まりこ)さん ケアリングクラウン・ケアリングコーチ

Photo by 近藤浩紀
東京都港区生まれ。幼稚園教諭を17年務め、訪問介護ヘルパーを経験。2003年11月、アメリカ映画『パッチ・アダムス』のモデルとなったDr.パッチに逢ったことが転機となり、彼と共に世界各国の施設や病院などをクラウンとして訪問。日本でもケアリングクラウンの活動を広めている。
現在「Clown one Japan」というケアリングクラウングループの代表を務め、全国の高齢者施設、病院、児童養護施設、被災地などを訪問。また、ケアリングコーチとして医療・福祉従事者、教育者を中心にサポートしている。その他、美容専門学校、医大生、NPO団体、医療・福祉従事者向けの「ケアリングクラウンの観点から考えるコミュニケーション」の講演会、ワークショップなどを開催。
老人ホームでは、布団から出ない利用者さんも笑顔に
――老人ホームで金本さんがクラウニングをするときには、ホールなどで行うのですか?

ケアリングクラウンを行っている金本さん
ケアリングクラウンは、大勢の前でパフォーマンスをするのではありません。
そういうイベントのような形で訪問すると、利用者さんを車椅子に乗せて集まっていただいて、と、大げさになりますし、介護職の方も、移動の介助が大変ですよね。
私たちは、あくまで、利用者さんの普段の生活の中に入っていきます。
“私たち”というのは、クラウニングを行う「Clown one Japan」というグループに参加しているメンバーです。私が主宰していますが、これは、私が尊敬するケアリングクラウンのパッチ・アダムスが作った「Clown one」という使節団の日本支部です。
約70人のメンバーが所属し、各人が仕事の都合などをやりくりしながら、時間を作れるときに参加しています。
私たちはたいてい、ベッドのある居室におじゃまします。1人に対して3人ぐらいのクラウンが伺い、お話をしたり歌を歌ったりします。何か芸をするわけではありません。でも、お話をする中で、利用者さんを「快」の状態に導きます。
この間は、長野の老人ホームを訪問したのですが、そこには極端な人見知りの利用者さんがいました。お部屋に入っても、怒鳴るように「来ないで!」と言うのです。以前のようには体が動かず、死を想定しているのかもしれません。
とにかく機嫌が悪く、毛布にくるまって顔も出さず、ものを投げました。そんな中で、私たちは穏やかに利用者さんに接するのです。
「来ないで」とおっしゃるのだから、あまり近くに寄らず、触れることなく横にいることにしました。私はスマイルをたやさず、ただ明るい雰囲気を保ちます。
すると、少しずつ、「私はクラシック音楽が好きなの」などとお話しされるんですね。「私が死ぬときには、ちゃんとしたアーティストにシューマンの○番のピアノ曲を弾いてもらいたい」なんて。
「死」と言われても、私たちはひるみません。
「そのときは、どんなお花を飾りましょうか?」「だれに来てもらいますか?」
そんなシリアスなお話も、クラウンがするなら、ジョークのように受け止められ、すんなりと答えていただけます。ユーモアの力の大きさを感じますね。
その利用者さんは、私たちが帰るころには笑顔で「バイバーイ!」と手を振ってくれました。
ケアリングクラウンが贈るのは、癒しだけではありません。元気も与えることができるんですね。
芸があるわけではないし、無理に笑わせようとするわけでもない。鮮やかな色の服で目に訴え、五感に働きかける。ゆるやかに近づいて行って、感情にアクセスする。だから、心地よく受け止めてくださる。
茨城の老人ホームには、1年に一度、暮れに訪問します。1年に一度だから、忘れてしまってもおかしくはないのですが、109歳の利用者さんも覚えていてくださる。
これが、グレーのスーツで訪問したなら、覚えられなかったかもしれませんよね。目に訴えかけ、感情を動かしていただくことの大切さを感じます。
子どもたちは、老人ホームの高齢者を笑顔にする

Photo by 近藤浩紀
私たち大人以上に、子どもたちはすばらしいキッズクラウンになり得ます。
私は小学生の姪を連れて老人ホームを訪問したことがあります。姪には、高齢者のことは何も説明しません。重度の障害があって動けない高齢者を、姪はこれまで見たことがなく、驚いてひるむかもしれないと思っていました。
けれど、すぐにおじいちゃん、おばあちゃんにかわいがられ、気づけば姪が100歳のおじいちゃんの頭をなでている(笑)。そして、利用者さんは姪におせんべいを差し出したり、お財布からお金を出して、お小遣いをくださろうとする。
子どもの力ってすごいですよね。姪がクラウンの衣装を着てくるくると回っているだけで、そこにいる高齢者が目を細めてくれる。これまで介護職のスタッフに「お世話をしてもらう」高齢者が、子どもに「何かしてやろう」とお菓子を差し出してくれる。
「だれかを喜ばせたい」と思う気持ちはだれにでもあるんです。受け身で世話をしてもらっていた高齢者が、自分から動き、役に立とうと思ってくださる。その前向きな気持ちを、自然に引き出すのがクラウニング。子どもたちは天性のクラウンですね。
――そういう利用者さんを見て、介護職も心を動かされますよね。
そうなんです。悲しいかな、介護職の方の中には、「この利用者さんはこんなにできない」と減点法で評価し、できないから世話をしてあげよう、とする人がたくさんいます。
でもそうじゃないんですね。クラウニングすると、その利用者さん自身も「こんなにできるんだ!」と感じられるようなことができる。その人の持っている能動的な力を、ごく自然に引き出せるからなんです。
介護職も自分の「快」の感情を引き出して、元気に高齢者と接しているといいですよね。
私たちはクラウニングで、介護職の人たちの五感にも訴えます。そして、クラウニングの力を実感してもらったら、クラウニングをお教えすることもあります。
利用者さんは、たとえどんな身体でも、認知症でいらしても、いくつになっても夢を描くことも、やりたいこともきっとある。
利用者さんのその気持ちを一緒に引き出し、少しでも豊かな時間を持てるような係わりができる“クラウン”を一緒に創っていきたいと思います。
次回は、良い老人ホームについて、意見を伺います。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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