東京商工会議所の福祉住環境コーディネーター協会の理事という立場で、老人ホームを「住みやすい環境」にするためのアドバイスをしてきた鴇田さん。どう工夫すればいいかのノウハウを具体的に教えてくれます。
しかし、住環境を整えれば「良い老人ホーム」なのか? 整えすぎるのもよくないようです。
*このインタビューの1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
○●○ プロフィール ○●○
鴇田 一夫(ときた・かずお)さん 福祉住環境コーディネーター協会 理事
1959年秋田県秋田市生まれ。早稲田大学法学部卒業、積水化学工業に入社し、高齢者住宅の仕事に関わる。2003年同社退社、2005年に東京商工会議所 福祉住環境コーディネーター協会 アドバイザー、2008年 理事。
中国・台湾とのつながりが深く、現地も含め、国内・海外1000以上の介護施設・老人ホームを視察し、ビジネスにもかかわる。2014年 町田市市民協働事業「まちカフェ」実行委員、コミュニティカフェ 薬膳 Café M’s(エムズ)(町田)店主。
住宅や施設のバリアフリー化相談、職員研修や助成金導入支援など実績多数。
バリアフリーもやりすぎるとかえってよくない
――福祉住環境コーディネーター協会理事というお立場で、老人ホームに住環境のアドバイスをすることも多いのですか?

福祉住環境コーディネーター協会のHP
そうですね。国内国外を問わず、多いと思います。
まず、老人ホームの中に入って気になるのは、導線です。個室の中やリビングまでの移動など、導線がよくないと転倒などケガのもとになります。
通路も広ければいいというものではありません。広いとかえって通路を渡るときに危ないと感じることがあります。利用者さんが、どこをどう歩いていいかわからなくなるんですね。
老人ホームは建ててしまったら変更できないと思っている人は多いですが、そうでもないですよ。
たとえば、手すりや幅木の色を目立つ色に変える。それだけで視認性(目で見たときの認識のしやすさ)がよくなり、つかまって歩きやすくなります。
手すりについては、いろいろと気になりますね。あるホームでは、手すりと手すりの間がわずか1.2センチあいていたんです。実はこのわずかな隙間が危ない。
つかまって手を動かしている間に袖口が隙間に入ってしまい、ケガをすることがあります。そのホームには、手すりをつなげるようにアドバイスをしました。
手すりには、つかまりやすい高さがあるのですが、それは身長によっても違いますね。手すりの位置が高すぎると思ったホームには、もう1本並行に低い手すりをつけるように提案したこともあります。
また、トイレの多くは手前が男性で奥が女性になっていますよね。女性がトイレに入るところを男性に見られたくないから、という理由かもしれません。
しかしこれは、介護現場の現実にはそぐわないのです。女性のほうが尿意をがまんできない場合が多く、リビングや個室から遠いと間に合わないことがあります。
女性用トイレのほうが近い位置にあると、女性の利用者は安心ですね。
しかし、こうしてなんでも使いやすくすることだけがいいわけではありません。知り合いのデイサービスは、古い一軒家を改修せずにそのまま使っています。
当然、部屋は狭いし段差はあるしで、転倒リスクは高いです。しかし、その環境だから、介護職は精一杯気を配って利用者さんをケアし、声をかけ、頭を使って転倒を回避しています。
利用者さんは職員と一緒に、段差を「よいしょ!」と言いながら上がったり下がったりしているのです。
それが、高齢者にとっては筋力トレーニングになるんです。使いやすいのが一番とばかりに、カンペキなバリアフリーにしてしまうと、筋力も弱るし、生活の中での意欲も落ちてきてしまう。第一、外に出られなくなってしまいます。住環境は安全にさえすればいいというものでもないと感じています。
自宅の住宅改修も、介護サービスを使って行いたい
――要介護度が進んできたら、住宅改修は在宅生活でも重要ですね。
そうですね。そのときも、要介護度がそれほど進んでいないのなら、あまりバリアフリーにしすぎず、少しは筋力を使えるようなところを残しておいたほうがいいですね。
段差は一見、見逃してしまいそうな低いものが危ないといいます。高齢者の状況によっては、大き目の、目立つ段差はあってもいいのかもしれません。
実は介護業界でも、住宅改修に詳しい人はわずかです。
自宅の住宅改修に、介護保険を使えることはご存知でしょうか。20万円分が上限ですが、8~9割が償還払いになります。先に支払うお金を用意する必要はありますが、最終的には8~9割戻ってくるので、とても助かります。
また、代理受領払いが可能な自治体でしたら、工事会社が保険給付を受け取るので、1~2割だけ支払えばいいことになります。
しかし、ここに詳しいケアマネジャーさんは意外に少ないのです。
上手に住環境を変えれば、もっと住みやすく、もっと健康になれます。住宅改修の対象範囲などがもっと周知されるといいですね。
次回は、介護に大切なのは「人」という理念について伺います。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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*2018年現在、介護保険の自己負担割合は収入に応じて1~3割となっています。
現在老人ホームや高齢者向け住宅を検討中の方は、こちらのページも、ぜひ参考にしてみてください。
●本人と家族にぴったりの老人ホームを探すには→ 老人ホームの「見つけ方・選び方」
