工業デザイナーとして医療機器などのデザインをするほか、認知症の人の介護環境を専門分野に、研究をすすめる山崎正人さん。実際に認知症高齢者グループホームに勤務し、介護する環境が認知症の進行にも関係することを実感していると言います。
工業デザイナーとして、介護環境の研究者として、また介護職としても活動する中で、第3回は、老人ホームの建物や設備の視点で「良い老人ホーム」を語っていただきます。
*このインタビューの1回目、2回目、3回目、4回目(最終回)はこちら
○●○ プロフィール ○●○
山崎 正人(やまざき・まさと)さん デザイナー・東海大学講師
スタジオ代(ダイ)代表。東海大学教養学部芸術学科デザイン学課程非常勤講師、健康科学部社会福祉学科、東海大学医療技術短期大学(看護)の兼担講師。1990年スタジオ代設立、韓国家電メーカー嘱託(日韓のライフスタイル研究)、音響機器、医療機器などのデザインを行う。1997年、母親が認知症になったのをきっかけに介護者となり、受診先の主治医の助言により、「認知症における在宅介護環境の研究」など、認知症とデザインの関連性について研究を始める。介護歴は12.7年。また、5年前から認知症高齢者グループホームの非常勤職員として勤務する。
最新の設備が、高齢者に使いやすいわけではない
――山崎さんが、老人ホームの設備のデザインなどを見て、「良い」と思うもの、そうでないものを教えてください。

母親の看取りを終えて立ち上げた山崎さんのブログ。「認知症介護とデザインのつながり」などの内容も。質問が多く対応しきれず、現在は停滞気味とのこと
たとえば、トイレにトイレットペーパーホルダーがふたつ並んでいるものがあります。どちらを使ってもいいし、片方のペーパーがなくなっても大丈夫なので便利なのかと思いがちですが、認知症の人はふたつあることで迷ってしまう。どう使っていいかがわからなくなるときもあります。
清潔で合理的な最新の設備よりも、昔ながらの設備や方法のほうが、高齢者にとって使いやすい場合は多いです。判断力が低下すると、昔の記憶を手掛かりにするので、新しいものの使い方がわからず混乱したり、使えなかったりします。
たとえばいまの高齢者世代では、トイレの紙はトイレットペーパーでなく、四角いちり紙でした。そこで、トイレットペーパーを長方形になるように切って、ペーパーホルダーの上の棚に置いておくほうが、自分で上手に使えることがあります。
また、パーキンソン病の利用者さんは、足元が不安定で自分の意思どおりに動かず、転倒することがあります。危ないから手すりを使ってほしいのですが、自尊心があって「俺はそんなものは使わない」と、ふらつきながら歩く人もいました。そんなとき、「手すりにつかまってください!」と大声を出すのではなく、自然と手すりにつかまれるような工夫をすればいいのだと思います。

足元が不安定な方には、こんな工夫を。左:自尊心の配慮が自立支援となった歩行ガイド。右:掃除機は魔法の杖、歩行も安定、自信も回復
その方の場合、床に何本かガイドになるような線を引いたところ、それに従って歩いてくれました。そのうちに、自然と手すりにたどりつき、手すりにつかまりながら歩いてトイレに誘導できる。「つかまってください」「ここを歩いてください」などと指示しなくても、ちょっとデザインの工夫をするだけで、自然と危険が回避できるのです(画像左)。
同じ方に、スティックタイプの掃除機をお渡しし、掃除をお願いしてみました。2足歩行より、3点で支えるほうが安定性があり、掃除をしながら自然と足が出る。掃除機で身体を支えながら、家事がスムーズにできるのです(画像右)。
廊下がきれいになって、みんなから「ありがとう」と声をかけられると、役割ができる。自分の病気に憂いて、あまり部屋から出てこなかった利用者さんが、積極的に部屋の外に出て来るようになったのも、用具の力だと思います。
利用者さんの力をよく見極め、柔軟な発想を持ちながら、既存の設備を、その人その人に合わせて使いやすく工夫をする。そんな気持ちがあるところが、良い老人ホームと言えるのではないでしょうか。
臭いや音に無頓着な老人ホームはいただけない
――老人ホームを見て、「こういうところは気をつけたほうがいい」というような注意点はありますか?

車椅子がぶつかると、壁の角はこのような傷がつく
ホームの廊下の壁の角の所を見て、そこが傷だらけかどうかはチェックしてもいいでしょうね。ここにはがれたような傷があるのは、車椅子が強くぶつかったからかもしれません。そのような場合、介護職員が乱暴に車椅子を押している可能性があります。曲がるときに曲がり切れずにぶつかっている。その衝撃を利用者さんがもろに受けるわけですから、丁寧でないケアだということになります。
新築の自宅にあえて傷をつける人はいますか? 施設や設備を大切に使ってない様子も見えてきます。新人職員に対して車椅子であえてぶつけ不快感を体験させる施設もありますね。
ホームによっては急いで2人分の車いすを同時に動かすところもあるようです。そんな危険なことをすれば、利用者さん同士が車いすでぶつかりかねませんし、壁にも衝突するかもしれません。壁の傷はよく見ておいてほしいですね。
また、においや音など、目に見えない感覚でわかるような部分も、気にしたいですね。
便の臭いがするような老人ホームは、便の処理が不適切なのです。忙しいときは、排泄物がついたオムツを、適当にまとめてしまうこともあるようですが、それが続くと臭ってきます。便をヘラで落とし、できるだけ小さくオムツをまとめ、紙に包んでからビニールで包むと臭いがもれにくくなります。
適切な介護環境の整備と適切な介護は、職員の時間や精神の余裕を生み出します。その余裕がないと、臭いや音になって表れてしまうのかもしれません。
音に無頓着なのも気になります。職員がテーブルの食器を片付けるときにガチャガチャと大きな音を出しているのはよくないですね。ここは利用者さんのおうち、と思っていたら、もう少し配慮するのではないでしょうか。
介護は大変な仕事です。そのストレスから生じる無意識な音が、不穏の要因となっていることもあり注意をしなければなりません。一方でノイズ(刺激)がなさ過ぎるのも良くないのです。
設備やサービスには、介護職員の気持ちが表れるので、そこに着目して老人ホームの良しあしを判断するといいかもしれません。
<今回のまとめ>
山崎さんが考える「配慮・工夫がある良い老人ホーム」とは
・最新の設備よりも、高齢者の古い記憶に合わせた工夫がある
・車椅子などが壁の角にぶつかって傷がついていないようなところ
・便の臭いや、うるさい音に配慮しているところ
最終回の次回は、「良い老人ホーム」のポイントや介護職員について、具体的に語っていただきます。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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