高齢者の好みのヘアスタイルを実現し、老人ホームの利用者さんをイキイキと美しくする訪問美容trip salon un.代表の湯浅一也さん。それぞれの美しさを引き出すと、生きる意欲も引き出せると言います。原宿のサロンの雰囲気をそのままホームに持ち込み、心地よいひとときを提供することの意義の中に、「良い老人ホームの職員」も見えてきます。今回は、訪問美容での利用者さんとの関わりについてお話しを伺いました。
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○●○ プロフィール ○●○
湯浅 一也(ゆあさ・かずや)さん 株式会社un.(アン)CEO

中学生の頃から美容師を志し、専門学校卒業後、地元北海道から上京。その当時から訪問美容の会社設立を考えながら、技術を磨くために原宿の有名ヘアサロンでスタイリストとして勤務。その後転職先で出会った櫻庭 太さんに高齢者向けの訪問美容を一緒にやることを持ちかけ、ビジネスパートナーに。出会って2ヶ月後、2012年8月に「株式会社un.」を設立。スタイリストとして自らも現場に出る傍ら、講演を行い、業界の活性化も図る。ヘアカット以外にもカラーやパーマ、メイク、ネイルなど、総合的な訪問美容を実施。スタッフは2016年12月現在で10名。美容のために訪れる老人ホームや病院は毎月100件を超える。
認知症の方からも希望を聞き取る
――認知症の方とは、どのようにコミュニケーションをとるのですか?
老人ホームに来る訪問美容では、ご本人にヘアスタイルの希望を聞かずに切ってしまうことが多いと感じています。ですが、ただ「短くさえすればいい・楽な髪型であればいい」とは思いません。
「認知症だからわからない」なんてことはないです。僕らは、どのような方にもご希望を伺います。ご家族からお好みを聞くこともありますし、ご本人に伝わるジェスチャーもします。前髪のときは「これぐらいですか?」と、指を横にしてお好みの長さを確認してみるし、襟足も利用者さんの首や背中に指を置いて長さを示したり。こめかみのところも「耳を出しますか?」「半分?」とジェスチャーで。そうすると希望の長さのときに、うんうんとうなずいてくださいます。その3か所のご希望を聞けば、だいたいお好みのスタイルはわかります。それぞれの方の個性を引き出し、お客様の骨格に合わせたヘアースタイルを表現し、満足を提供するのが、僕らの仕事だと思っています。
老人ホームの会議室や浴室の脱衣所だとしても、アロマの香りを漂わせ、音楽を流してサロンの雰囲気を作ります。そんな中でカットさせていただくと、みなさんとても心地よさそうにしてくださり、自然と言葉も出てきます。
「昔はこんなヘアスタイルだったのよ」とか、若い頃のお話やおしゃれのお話などをよくされますね。みなさん、昔のことはよく覚えていらっしゃるし、とても楽しそうにお話しされます。日々の不満を漏らす方もいらっしゃいます。なかなか言えないことも、サロンのような雰囲気の中ですし、僕らは後ろ側にいるので、言いやすいのかもしれませんね。
そして、完成して鏡を見ると自然と笑顔になり「このまま外に出たいわ」という方もいます。髪を切り終わった方が、何度も僕のそばに寄って歩いてくることも。きれいになった姿を見せたいんですよね、僕に(笑)。うれしいことです。
僕らは髪のカットだけでなく、カラーもパーマもやりますし、ハンドマッサージやネイルやメイクもやります。最近では、メイクやカットした後にポートレートを撮影する、『笑顔で一枚。』というサービスも始めました。「遺影にしたい」というご要望も多く、自分らしく輝く瞬間を写真に残したいと考える方が多くなってきたと感じています。
美容の力で利用者さんを前向きに
ご自分の希望どおりに髪を切る、ということが、その方にたくさんの影響を与えるのだということを、やってみて実感します。切っている間いろいろなことを思い出して、いつも以上にお話しをしてくれます。完成すれば満足の笑顔になり、そのヘアスタイルが乱れないうちに写真を撮影したり、外出したいと思う。意欲の活性化につながっています。
口紅を自分で引いて、前向きになり自信もつく。美容の力の大きさを感じます。
老人ホームでも、その方の希望にあわせた介護をすれば、利用者さんは変わっていくと思うのです。偉そうなことを言うつもりはありませんが、個別ケアは大事なことですよね。人は好きなことをしたいし、好きなヘアスタイルにしたいし、好きな服を買いたい。でも、選べないとわかると、意欲も落ちて、忘れようとしてしまうのではないでしょうか。
忙しく、人手が足りなくて大変だというのはわかります。それでも、できるできないは別としても、介護職は笑顔で一人一人の要望に向き合って欲しいと思います。中には髪を切っている間に、ふと「居心地が悪いのよ」とつぶやく利用者さんもいます。でも、僕らが訪問美容に行き心地の良い空間を作ることで、少しでも気持ちを満たすことができるかもしれない。だからこそよりよいサービスをしようと強く思うのです。
<今回のまとめ>
湯浅さんが考える「居心地が良い老人ホーム」とは
・「認知症だからわからない」とは考えない
・その人らしさを大事にしてくれる
・職員が笑顔でいる
・希望にあわせたケアをしてくれる
次回は、老人ホームのサービスやコミュニケ―ションなどについて伺います。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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