今回は、社会福祉学が専門の昭和女子大学准教授・吉田輝美さんに「良い老人ホーム」について伺いました。吉田さんは大学で教える以前は、養護老人ホームの職員として勤務していました。2000年の介護保険誕生の前後をまたいで、介護のリアルな現場を体験。その視点が、研究にも生かされています。「感情労働としての介護」や「高齢者虐待」「介護職員の接遇」など、介護をする家族が気になることも専門領域としています。この連載のテーマである「良い老人ホーム」についてのお話も、老人ホームのあり方や、職員の働き方を学術的にひもといていただきました。その上で、利用する人の目線で、わかりやすく4回に分けて伝えていただきます。
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○●○ プロフィール ○●○
吉田 輝美(よしだ・てるみ)さん 昭和女子大学人間社会学部 福祉社会学科准教授
昭和デザインオフィス所員、博士(社会福祉学)。大学卒業後、養護老人ホームに介護職員、生活相談員として勤務。介護従事者のストレスマネジメントやコミュニケ―ショントレーニングを展開。「感情労働としての介護労働」「養介護施設従事者による高齢者虐待」などが研究テーマに。著書に『介護従事者のための応対接遇ガイド』(ぎょうせい)、『現場で使えるコミュニケーションのコツ』(技術評論社)などがある。介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員、介護教員などの資格も持つ。
養護老人ホームとは
――吉田さんは、大学卒業後、老人ホームの現場で勤務していたのですね。

昭和女子大学の吉田さん紹介ページ
はい。公立の養護老人ホームで当初は介護職として勤務していました。1994年当時、入職したときは、「寮母」という呼び方をされていました。8年間介護の現場職として勤務し、1年間は自治体の福祉事務所に出向。その後、同じ養護老人ホームに戻って、4年間は生活相談員として勤務。2007年に退職しました。
養護老人ホームは、みなさんがよくご存じの特別養護老人ホーム(特養)とはまったく違います。「環境的、経済的な理由から自宅で生活することができない、65歳以上の高齢者を受け入れる施設」です。もともとは生活保護法の養老施設の流れをくんで作られた施設で、主に生活困窮者を対象としています。
そのような目的なので、利用料金は安く、利用者は比較的お元気な方が多いのが特徴。食事や排せつの介助が必要な方は、私が勤務していたところでは2割程度しかいませんでした。
そのほか、精神病院に入院し、落ち着いて過ごしているけれど、家庭の事情などによって帰るところがないような、いわゆる「社会的入院」の方の退院先としても存在しています。その場合は65歳未満でも場合によっては入居できることになっています。
ほかには、知的障害や精神障害などで施設に入所していたり、または作業所に通っていたけれど、高齢になって作業ができなくなった方、地域の決まり事が守れないような方――たとえば、家がゴミ屋敷になっていて、近隣の方々から注意を受けるけれど、どうにも片付けられないような方とか。身体的虐待や、経済的虐待で家族から逃げてきて、年齢を重ねて、いわゆる「シェルター」では暮らせなくなった方なども対象になっていました。
変化する中でも、社会に必要な「措置制度」
――つまり、今の介護保険の枠組みではなかなか対象にならない人が入居しているということですか?
そのとおりです。先ほどもお伝えしたように、養護老人ホームは、名称に「老人ホーム」とついているものの、特養や有料老人ホームとはまったく性質が異なるのです。
そして、これが一番大きな特徴ですが、介護保険サービスが2000年から始まった後も、「措置制度」によって入所者を迎え入れています。
「措置制度」とは、行政がその公的責任において、「この人には施設での生活の支援が必要である」と判定し、サービス提供内容、費用負担なども決定して、社会福祉サービスを利用者に給付する行為です。一方、介護保険制度では、原則として、サービス利用者(被保険者)とサービス事業者の関係は契約にもとづくことになりますよね? ご本人や周囲の人に判断力があり、ご本人の意思をもとに入居できるシステムは、もちろんすばらしいですし、尊厳という視点では当然あるべきシステムです。
しかし、養護老人ホームは、「社会への適応が難しい人」や「介護保険制度からこぼれ落ちる人」を、行政が救い上げるような形で支援するということなのです。介護保険サービスの契約という形がどうしてもとれない人は、福祉から置いて行かれてしまう。そういう人を少しでも救うための場所ともいえるわけですね。
ところが、2006年の介護保険制度の見直しに伴って、措置の施設ですけれど介護保険サービスを外付けで使えるようになるなど、幅が広がったんですね。
そうなると、ケアマネジャーさんが、介護保険を使って、ご自分の担当する利用者さんをどんどん入れようとします。すると、それまでのように措置として入居が必要な方が入居しにくくなるなど、いろいろな問題が起きているんですね。
介護保険制度は社会にとってとても重要なものですが、それによって、社会の中で行き場がなくなる人が存在してしまう現実を、私は目の当たりにしてきました。
一般的には、老人ホームへの「措置入居」は本人の思いが全く反映されない、民主的でない制度として嫌われますが、必要な人にとっては残しておくべきものだということを、もっと知っていただきたいと思っています。
<今回のまとめ>
吉田先生が考える「老人ホームの良い入居システム」とは
・本当に入居が必要な人を最優先にすること
・「措置入居」できる場をきちんと残しておく
次回は、特別養護老人ホーム、住宅型有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅について伺います。
<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>
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●本人と家族にぴったりの老人ホームを探すには→ 老人ホームの「見つけ方・選び方」
