老人ホームの設計やデザインを専門に行う介護環境デザイナー・間瀬樹省さんに、デザイン面からうかがう「私が思う良い老人ホーム」。3回目の今回は、食堂をテーマに伺いました。食堂の椅子やテーブルを変更することで、「車椅子だった利用者さんが歩けるようになった」、という事例もあるそう。驚きますね。さて、その理由は?どんな食堂があるのが、良い老人ホームなのでしょうか。
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○●○ プロフィール ○●○
間瀬 樹省 (ませ・たつよし)さん 介護環境デザイナー

老人ホームなどの介護施設のデザインを行う一級建築士設計事務所・ケアスタディ㈱の代表。筑波大学芸術専門学群建築デザイン専攻卒業。㈱内田洋行にデザイナーとして入社し、環境デザイン研究所で設計業務を担当。その後、研究所初の介護施設専任デザイナーに。2010年に退職しケアスタディ㈱を設立。老人ホームの建築設計やリフォーム、高齢者用の食事椅子の開発、調査研究活動、学会発表なども行いながら、介護施設の居住環境の向上を図っている。一級建築士、福祉住環境コーディネーター1級、ホームヘルパー2級などの資格を所有。
ケアスタディ株式会社
「流れ作業」の食事では食欲がわかない
――老人ホームに入居していると、居室の次によく利用するのが食堂です。どんな食堂が良いのでしょうか?
トイレやお風呂は、利用時の動作も大きく、設計によって使い勝手がよくなったり悪くなったりが、はっきりしています。しかし、食堂の場合、たいていの老人ホームの食事は、トレイに載せた食事を食べるだけ。老人ホームでの食事は、「生活の場」で食べる食事とは、ずいぶん違っています。
自宅にいるときは、ご自分や家族が、その日に食べたいものを作って食べたり、買い物に行って活きのいい素材を手に入れて作ったりするので、気持ちも高揚するでしょう。でも、老人ホームでは、そうした生活と切り離されて、食べ物がトレイの上に載っているような感じですよね。主婦だった方は、食事づくりから開放されてうれしい、というお気持ちもあるでしょうけれど(笑)。
でも、ラクであるということは、本来持っている能力を使わない、ということでもありますよね。
――買い物に行き、そこでお店の人とやりとりするのも、刺激になりますよね。

対面キッチンにして利用者カウンタを設けたユニット式の特養。調理や盛り付けを目の前で見たり手伝ったりできる(ゆーとりあ/設計アドバイザー:ケアスタディ)
最近では、老人ホームの中に訪問美容が来たり、居酒屋まで作ってしまうところがあります。外出が難しい方にとっては、便利でいいですよね。でも、本来は外出が可能な方であれば、できたら美容院には出かけて行くほうがいい。外食もときどきすると楽しいのではないでしょうか? 私は、いままで自宅でしていたことを、奪わないほうがいいのではないかと思いますね。
老人ホームの食堂も同様。目の前で調理し、よそってくれる様子を見たら、それを手伝えたら、香りや音でもおいしさを味わえます。しかし、どこで作ったかわからないものが、流れ作業のように目の前にトレイで運ばれてきて食べるだけ、では食欲も湧きにくいかもしれません。食べること本来の楽しみを味わってもらうための工夫も、食堂には必要ではないでしょうか。
椅子を替えたら歩けるようになった!
――間瀬さんは、食卓用の椅子をつくっているんですよね?
はい、「支える椅子」という名前です。カーブした大きな背もたれが利用者さんの背中を支え、座面のお尻が当たる部分がへこんでいるので骨盤が支えられ、お尻が前にずれてくるのを防ぎます。両足がしっかりと床につくよう、高さも調整できます。
老人ホームでは、利用者さんが食堂用の椅子に座らずに、車椅子のまま食事をしている姿をよく見ます。けれど、多くの車椅子は移動の道具に過ぎず、食事に適した姿勢で食べることができないんですよね。
すると、おいしく食事が食べられない→より介助が必要になる→誤嚥の心配も出てくる→食事がミキサー食になる→よりおいしくない……、と、どんどん日常生活から離れてしまいます。
でも、ご自分に合った椅子にすわっていれば、姿勢よく食べていただける→介助がいらなくなってくる、というケースもあるんです。
車椅子からいちいち食堂用の椅子に移乗するのは手間がかかる、と思う老人ホームもあるかもしれません。けれど、食事の最初と最後に何十秒かを移乗に使うだけの話です。それを手間と思うのか、長い目で見て、介助なしで食べていただける状態にしていくことをよしとするのか。
どっちかと言ったら、後者のほうがいいと、私は思います。実際、私が設計した椅子に座って食事ができるようになった方の中には、ほかの椅子にも座れるようになった方がいます。最近では、歩行も少しできるようになった、という方もいるんです。

写真は、車椅子のままで食事するのをやめ、「支える椅子」で食事をするようになった方の実例。
――なるほど!食事用の椅子は、単に座るだけのものではないんですね。でも、この椅子、結構なお値段ですね。
そうなんです。それが悩みでして(苦笑)。「支える椅子」は一脚約5万円です。一般的な老人ホームの椅子は、街のレストランなどにある椅子と同じで、2万円とか1万円台が多いです。海外で大量生産をして、パーツで輸入をして組み立てる。しかし、この「支える椅子」はオリジナルのさまざまな工夫を盛り込んでいて、精度が問われます。しっかり作ってほしいので、ブランド品の家具を作っている国内のメーカーにお願いしているんです。品質は誇れますよ。ただ、大量生産ができないので。もっと安くつくってくれるところがあれば、教えてほしいぐらいなんですけれどね(笑)。
デイサービスや、ショートステイで使って、「とてもよかったから」とご自宅用に個人で買ってくださる方もいます。

座面の高さが4段階に調節可能。背もたれ、座面のサイズ、角度など、姿勢が安定しにくい高齢者のための機能が満載。
――テーブルもあるんですね。
はい、椅子の高さを調節したら、ちょうどいい高さのテーブルも必要だ、ということになって。この椅子は、身長によって椅子の高さを調節して使います。そのため、身長の低い人は椅子の座面が低くなり、身長の高い人は座面が高くなります。つまり、それぞれの椅子に合うテーブルの高さが変わってしまうんです。
老人ホームの食卓テーブルは複数の人が使う大きなものです。最適な位置でテーブルと椅子を使おうとすると、「身長の合う人同士が固まって食事をしなければならない」という事態になってしまいます。体格の合う人と食事をするのではなくて、気の合う人と食事をしたほうがいいですよね(笑)?
そこで、小さなテーブルをつくりました。給食のときに、それぞれの机を寄せて、高さが合わなくてもいっしょに食事をする、あの光景を思い出してください。そんな感じになるんじゃないかと。まだ、そこまでたくさん揃えてくださっているホームはないんですけれどね。
――在宅介護をされている方なら、このテーブルと椅子が自宅にあればよさそうですね。ちょっと手先を使う用事をするにも便利そうです。デザインも自宅にも似合いそうです。
そうですね。いい姿勢をとっていただき、毎日を楽しく生き生きと過ごしていただけたらいいな、と思っています。
<今回のまとめ>
間瀬さんが考える、老人ホームの「良い食堂」とは
・流れ作業ではなくて、食事を鼻や耳や五感で楽しめる食欲のわく食堂がいい
・入居者本人の持っている能力を活用できるような工夫のあるホームがいい
・車椅子から食堂の椅子への移乗を、面倒がらないホームがいい
・食事の姿勢を支える椅子がある食堂がいい
次回は、エントランスや庭について伺います。
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