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支援を受ける高齢者に必要なのは?家族や介護職に「助けたい」と思わせる力

2016年9月22日

相手に「助けたい」と思わせる力、受援力

image001「受援力」という言葉を聞いたことがありますか。日米の高齢者介護の比較研究をしている研究者が、アメリカでの介護する人、される人の関わりの例を紹介。受援力とは、「介護される人自身が『どうありたいか』という考えを表現し、人に『助けたい』と思わせる」力だとしています(*)。

 

日本では高齢者がよく、「ピンピンコロリと逝きたい」「家族に迷惑をかけたくない」と口にしますよね。その背景には、我慢を美徳とし、人の世話になるのをよしとしない、日本人ならではのメンタリティ(精神性)があります。個人の権利を大切にし、自分も権利を主張するが相手の権利も認める、という西欧人とは大きく違う点ですね。

 

一方で、介護保険制度の導入当初には、権利の濫用とも言えるサービスの拡大利用がありました。訪問介護で室内の清掃支援を受ける際、「私は元気だったとき、床がピカピカになるまで磨き上げていたのだから、同じようにやってほしい」と求めたり、買い物支援を受ける際、「肉はA精肉店、魚はB鮮魚店で買ってきて」と生活圏外の店を指定したり。訪問介護のヘルパーを家政婦と勘違いしているかのような利用者が多数現れ、大きな問題になったのです。

 

ここが日本人の不思議なところです。できるだけ人の世話にはなりたくないと考える人が多い一方で、頼れるものならとことん頼ってしまおうという独りよがりの甘えを持つ人も多いですよね。「自立した個人であることが求められる西欧人に比べて、日本人は精神的に未熟だ」と言われることがあるのは、こうした点からかもしれません。

 

自分がなんとしてもやりたいことは何か、を考えてみる

image003かつての日本は、他者と持ちつ持たれつ、バランスを取りながら周囲の人たちとの人間関係を保つことができていました。多くを説明しなくても、「あ・うん」の呼吸で相手の思いを推し量り、支え合う関係が築かれていました。しかし今の日本は人間関係が希薄になり、「持ちつ持たれつ」が必ずしも成立しません。「あ・うん」の呼吸で、相手の思いを汲み取るのも難しくなりました。関係が遠い人には頼れない。その分、近しい関係の人に頼りすぎる。バランスが悪くなっているのかもしれません。

 

また、自分自身のできること、すべきこと、したいことについての洞察もあまりされていません。このため、過剰に支援を求めたり、極端に支援を遠慮したり、やはり適切なバランスを保てていません。
「あ・うん」の呼吸が難しいのであれば、支援を求めるときは、相手になぜ支援が必要かを理解してもらう必要があります。しかし、その支援が自分にとって必要なのだ、という明確な意志表示や説得力に欠ける人が少なくありません。そのために、支援を求めても、単なるわがままであるかのように受け取られてしまうこともあります。

 

新聞記事では、戦後、女性に選挙権が与えられて以来、一度も棄権したことがない94歳の女性の話が紹介されていました。この女性が施設入所後も、なんとしても選挙で投票したいという強い意志を示したことから、周囲がその意志を尊重して支援し、投票を実現したというのです。そして、その「受援力」に敬服する、と。

 

自分にとって、なんとしても実行したいことは何か。まずそれを自分できちんと考えてみる必要があります。その上で、実行するために必要な支援が何かを考えてみる。そして、実行したいという強い意志を支援者に伝え、協力を求めていくのです。人を上手に巻き込んでいく受援力は、超高齢社会の日本においては、今後、高齢者にとっての大切な能力となっていくのかもしれません。

 

<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>

 

>*私の社会保障論 介護の概念広げる議論を(毎日新聞 2016年8月24日)

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