認知症は今後2025年までに、その患者数が約700万人に達すると予測されています。認知症患者を支えるためには国だけでなく社会全体で取り組む必要があり、国としてもその対策は急務です。
そこで、国は2019年5月に、認知症対策に関する大綱の素案をまとめたのですが、これが認知症当事者から思わぬ批判を受ける事態になりました。
一体何が問題だったのか、そして認知症対策に本当に必要な取り組みは何かを考えてみましょう。
政府が掲げた認知症の「数値目標」に批判が起こる
2019年5月、政府は有識者会議を経て、今後急増するであろう「認知症患者数」を抑制するために、その予防対策の指針を示す対策大綱の素案を出してきました。
この大綱の計画は、団塊の世代が75歳以上となる2025年までの6年間で、推定される患者数を6%低下することを目標に策定されたものです。
2025年に予測されている認知症を持つ高齢者の推定人数は約700万人とされており、このまま放置しておくと老々介護どころかいわゆる「認々介護」、認知症の人が認知症の人を介護しなければならないという事態も現実味を帯びてくるといわれています。
こうした事態を少しでも防ぐために、政府はこの大綱の素案において具体的な数値目標を明記しました。それが「70代の発症を10年間で1歳遅らせる」というものです。なぜ70代なのかというと、認知症の発症率は70代以降に高くなる傾向があるからです。
政府としては認知症そのものを予防し、認知症患者を社会全体で支えるために、ひとつの大きな指針目標としてこの数値を挙げたようでした。
しかし、この数値目標に対して、当の認知症当事者の家族や治療に関わる団体などを中心に、思わぬ批判が起こってしまいました。
これを受けて2019年6月4日、根本厚労相は数値目標を大綱に盛り込まないことを決めたという事態が起こったのです。では、なぜ数値目標を掲げることが問題となったのか、もう少し掘り下げてみましょう。
単純な数値目標では見えない認知症対策の難しさ
「70代の認知症発症を10年間で1歳遅らせる」という政府の数値目標に対する認知症当事者たちの批判は、主にその表現の仕方に対してのものでした。「がんばって予防に取り組んでいながら認知症になった人が、まるで落第者のように扱われるのは不安だ」というのです(*)。
この批判には、単に表現や言葉尻に対する揚げ足取りと片付けられない、認知症問題特有の難しさがあらわれています。認知症はいくら予防や対策が万全であっても、原因がまだ明確に特定されていない以上、対策の努力が必ずしも実を結ぶというわけではないからです。
また、その症状の進行も人によってまちまちなので、一括りに数値目標で認知症患者を判断してしまうことに対しての抵抗感は、当事者にとっては大きなものになるのでしょう。
さらに、認知症対策においては、単に発症人数を抑制することが優先目標とされてしまうことにも疑問が残ります。
認知症は、発症後にその患者を医療面、介護面、経済面などの面で、多角的に支える社会全体の「仕組み」そのものが非常に重要で、「予防」と同じくらい社会との「共生」への取り組みが大切になってくるからです。
政府の認知症対策の重要なポイント
ただ、今回の政府の策定した認知症対策の大綱素案そのものの中身は、かなり概略的ではあるものの、その理念や方針自体の方向性自体は間違っていないと言えるでしょう。
政府が公開している「今後の認知症に関する政府の取り組み(案)」を見てみると、認知症の「予防」と認知症患者と社会との「共生」を軸に、5つの柱となる方針が掲げられています。
その方針とは、「普及啓発・本人発信支援」「予防」「医療・ケア・介護サービス・介護者への支援」「認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援」「研究開発・産業促進・国際展開」の5つ。
この内容からわかることは、もはや認知症対策は国や医療機関といった特定の専門機関に任せられるような規模ではないというシビアな現実です。
認知症の予防だけでなく、発症を患者自身が認めること、周囲や医療・介護関係者などが早期に症状を発見すること、そして、発症後に患者を支えていく仕組みを作ること、こういったきわめて難しい課題の数々が認知症対策には必要となります。
これだけの課題をカバーしようとすれば、一体どれくらいの人が関わり、どれほどの予算がかかるのか想像もつかないほどです。したがって、国が今こうした対策を考えること自体は喫緊の課題と言えますし、5つの指針を基にした具体的な施策の方針は、一刻も早く実行されなければなりません。
この素案のなかでは、批判を受けた「70代での発症を10年間で1歳遅らせる」という数値目標とともに、「認知症になってからも自分らしく暮らせる社会の実現」という大目標も掲げられていますが、その理念自体も認知症対策として十分理解できるものだと言えるでしょう。
認知症対策に本当に必要なこととは
しかし、あくまでもこれは対策大綱の素案にすぎず、中身の具体的な方法、取り決めに関してはこれから詰めていかなければならない段階です。一応の目標でもある2025年まではあまり時間もなく、政府としては早急に具体的な施策の決定と運用開始のために、政策を進めていく必要があるでしょう。
それと同時に、認知症対策で本当に必要なことは、認知症患者を支える社会全体としての取り組みです。対策大綱では、認知症に関する正しい知識を持って、地域や職域で認知症の人や家族を支える重要な役割を担う「認知症サポーター」の養成を重要視しています。
この「認知症サポーター」は、小売店や金融機関、公共機関で働く人だけでなく、子供や学生といった人も候補の対象です。
政府方針では、2020年度までに全国で1200万人を認知症サポーターに養成することを目標に掲げています。1200万人という数字に現実味があるかはともかく、もはやこれだけの規模で支え合わないと認知症対策が成り立たないという事実があります。
したがって、認知症問題を解決するには、政府や医療機関だけでなく、私たち一人ひとりがいかに他人事ではなく、当事者意識を持って対策に参画するかということが、大きなカギを握っていると言えるでしょう。
認知症対策は社会全体で取り組む必要がある
政府が認知症対策としてかかげた「70代での発症を1歳遅らせよう」という数値目標は、認知症の実態、実情に対して配慮の欠ける表現であるとして、当事者から批判を受けました。しかし、認知症対策を国や社会全体が早急に取り組むべきであることは事実で、大綱の方向性自体は理解できるものです。
認知症対策の問題解決のカギは、いかに私たち自身一人ひとりが当事者意識を持ってこの問題と向き合えるかにかかっています。
*「予防」に重点 認知症対策で新たな大綱決定 政府(NHK NEWS WEB 2019年6月18日)