身体拘束の具体例
厚生労働省の調査(2015年6月末時点)では、全国の精神科病院および一般病院精神科病床の入院患者のうち、身体拘束を受けている患者は1万人を超え、その人数は10年で2倍に増えたとしています。
身体拘束の具体例には以下のようなものがあります。
・認知症によって徘徊をする高齢者が歩けないように、ベッドや車椅子に紐などで手足を縛って動きを制限する
・転落や転倒の危険がある高齢者が自分で立ち上がれないように、Y字型拘束帯や腰ベルト、車椅子テーブルをつける
・おむつ外しや脱衣、便をいじってしまうなどの行為を制限するために介護服(つなぎ)を着せる
・叫ぶ、暴力をふるうなど、他人の迷惑になる行動を抑制するために向精神薬を過剰に服用させる
・自分では出られない部屋に閉じ込める
このほかにもさまざまな身体拘束があり、実際に病院や施設で行われていることもあるようです。
一方、厚生労働省は以下の3つの要件を満たしていれば「やむを得ない場合」として身体拘束を認めています。
「切迫性」…利用者自身や他の利用者のケガなどの危険が極めて高い
「非代替性」…身体拘束以外には防ぎようがないと判断される
「一時性」…身体拘束がそのとき限りである
しかしながら、この「やむを得ない」という判断が難しく、グレーゾーンである身体拘束が行なわれているのです。
身体拘束が問題視される理由
なぜ、身体拘束は問題なのでしょうか。これには3つの問題点が挙げられます。
問題点1 精神的苦痛を与えること
やむを得ない場合を除く不適切な身体拘束は、虐待や人権侵害ともいえます。身体を縛ったり、介護服を着せたりする行為は高齢者の気持ちを侮辱し、大きな精神的苦痛を与えるでしょう。
問題点2 身体的な機能の低下を招くこと
向精神薬を過剰に服用させて動きを抑えるような拘束や、立ち上がりを制限するために縛り付けるなどの拘束は、高齢者の身体的な機能の低下につながる可能性があります。
これらの身体拘束によって身体能力が著しく低下した高齢者も、実は多いといいます。
問題点3 介護者に後悔やトラウマを残すこと
身体拘束は、されている本人以外にも大きな影響を与える行為といえます。
たとえば、面会時に拘束をされている親を見て、施設の入居を決めたことを後悔し苦悩する家族もいます。さらに、身体拘束が当然のように蔓延している職場で働くことで、介護職員としての誇りを失い離職する人もいるのです。
そこで、厚生労働省は身体的拘束のさらなる適正化を図るため、義務違反をしている施設の基本報酬の減算を2018年度の介護報酬改正に加えました。
まず身体拘束を行う場合は、その内容や時間、さらに入居者の心身状況や、やむを得ない理由を記録すること。次に、身体拘束の適正化のための委員会を3カ月に1回以上開催すると共に、研修を定期的に実施して対策を検討すること。
そして、身体拘束の適正化のための指針の整備をすることが義務付けられました。
しかし、深刻な人手不足のなか、詳細な記録を取ることや定期的な研修と委員会の実施などの業務が増えたため、現場では忙しさにさらに拍車がかかり不満の声も出ています。
身体拘束を正当化してはいけない
本当にやむを得ない状況で胸を痛めながら身体拘束に踏み切り、その後も他によい方法がないかを探りながら介護を行っている施設も数多くあります。しかし、その一方で身体拘束が当たり前のように行われている施設があるのも事実です。
身体拘束には、慣れてしまうとそれが「当然の処置」として定着してしまうことに別のおそろしさがあります。
当初は本人のケガを防止するためには他に方法がないと考えられ、何か良い対策が見つかるまでの一時的な処置として行っていたかもしれません。しかし、時間の経過と共に当たり前の光景として目に映ってくるのです。
介護者は「これは本人のためにやっているのだ」と身体拘束を正当化してしまいます。そしてそのうちに、何の疑問も感じないままに身体拘束を行うようになってしまうのです。
身体拘束は決して正しい対処法ではありません。病院や施設は身体拘束をせずに対処できないか検討を重ねること必要ですし、在宅介護においても高齢者の尊厳を守って介護にあたることが重要だといえるでしょう。