医療・介護が不足する時代へ
少子高齢化が進展する中、介護や医療が果たすべき役割は少しずつ変わりつつあります。今後、地域での医療・介護資源が不足するのは明らかで、医療や介護を必要とする人すべてを、専門職だけで支えていくのは困難な時代が来るからです。
そこで医療も介護も、高度な専門職がすべてを担う、解決する、という姿勢を改めようとしているのです。医療では、「かかりつけ医」を持つことが推奨されています。また、地域住民と胸襟を開いて語り合い、住民と病院側の意識ギャップを埋めて、地域の医療のあり方をともに考えている地域もあります。
こうした動きは、現在、専門職側からの働きかけで起きています。しかし、これからはそれに住民(利用者、患者)側も対応し、医療や介護のあり方を主体的に考え、行動していくことが求められています。
兵庫・丹波地区の出来事が「医療・介護」存続のヒントに
住民と病院が共に、というより、住民が主体となって地域の医療を守る行動を取った例と言えば、兵庫県にある「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動が有名です。
県立柏原病院は、兵庫県の丹波地域にある、2次救急病院です。2次救急病院とは、24時間体制で急患を受け入れ、手術も含めた入院治療ができる病院のことです。
2007年頃、この病院では、2人体制だった小児科の勤務医の1人が院長に就任。残された1人の勤務医に、全ての負担がのしかかる状況に。夜勤明けでそのまま日勤に突入する36時間連続勤務など、過酷な勤務が続くことになりました。
やがて、こうした勤務に疲弊したこの勤務医も辞意を表明。丹波市内で唯一の小児2次救急病院であった柏原病院は、小児科閉鎖の危機に立たされました。
このとき、まず動いたのは新聞記者でした。丹波地域の医療体制の危機について取材していた記者が、この勤務医の辞職意向を報道。地域の子育て世代に、この危機的な状況をどう感じているかを話し合う、座談会を呼びかけたのです。
最初は、小児科がなくなったら困る、これからどうしたらいいのかという不安と不満の声ばかりが飛び出しました。しかし、この記者が、医師がどれほど過酷な勤務を続けているか知っているかと問いかけたところ、それに答えた1人の参加者の発言で、場の空気はガラリと変わったそうです。
行政任せにせず、住民ができること
この参加者はある日、ぜんそくを持つ子どもの発作のため、夜8時に夜間受診しました。そのとき待合室にはすでに30人ほどの患者。この参加者の子どもが診察を受けたのは午前2時過ぎで、入院が決まって病室に入ったのは午前4時過ぎでした。
疲れて寝てしまったこの親子の枕元には、「処置をしておきました」という医師の置き手紙。翌日もその医師がいつも通りに診察をしている姿を見て、この参加者は医師が寝ないでそのまま働いていることに気づいたといいます。
そして、自分の子どものことを考えたら、小児科がなくなるのは本当に困る。しかし、医師のその姿を見ていたら辞めないでくれとはとても言えない、と、涙声で語ったのです。
この発言をきっかけに、それまでまるで敵対関係かのようだった医師と患者は同じ地平にたち、崩壊しようとしている小児科医療に、共に向き合うパートナーになりました。
参加者たちはまず署名活動をし、行政を動かそうとしました。そして、それがうまく行かないと、行政任せをやめて、今度は、自らこの事態を変えていくための行動を起こしました。
この事態を招いている大きな要因は、救急対応が必要なほど重症ではないのに気軽に受診する「コンビニ受診」の多さでした。参加者たちは、「県立柏原病院の小児科を守る会」を立ち上げ、「コンビニ受診をなくそう」と呼びかけました。
そして、いきなり2次救急病院にかかるのではなく、身近な医師に見てもらうために「かかりつけ医を持とう」と訴えました。さらに、診てもらえることを当たり前と思うのではなく、「お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう」ということも併せて発信していきました。
ただ発信しただけではありません。ホームページに、救急車を呼ぶ目安がわかる「受診の目安フリーチャート」を掲載。安易な救急要請を控える啓発を行っています。同時に、応急処置や粉薬の飲ませ方などを掲載した「小児救急冊子」も販売しています。
こうした活動もあり、医師は辞意表明を撤回。時間外の受診数も減っていきました。軽症患者の受診が減ったため、医師は重症患者の治療に集中できるようになりました。さらには、この住民活動に心を動かされた近隣の大学病院から、当直や外来に応援の医師が来てくれるようにもなりました。その後、常勤医の人数もふえたといいます。
住民が本気で危機感を覚え、本気で変えていこうと思えば、危機的な状況も変えていける。それを教えてくれた事例でした。これは小児科の例ですが、高齢者医療や介護でも、住民主体で同じような取り組みができるかもしれません。
今後、医療崩壊、介護崩壊が起こる可能性はどの地域にもあります。そのとき、私たち住民はどうすべきでしょうか。不平、不満があるなら、他人任せにせずに自分たちでその解決のために動く。そして、自分たちの力で地域の医療・介護体制を守っていく。この事例に倣い、そんな心構えを持っていたいものです。
※県立柏原病院の小児医療体制についての情報は、下記のサイトを参考に、筆者が構成しました。
○【論文】コンフリクト転換を重視した地域医療再生の実践-地域医療教育におけるトランセンド法の意義-
○県立柏原病院の小児科を守る会
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>