今、注目を集める「老境文学」
超高齢社会の日本では、いろいろなものが生み出されています。最近、話題になっているのは「老境文学」です(*1)。
2017年には63歳の若竹千佐子さんが、74歳の女性を主人公とした「おらおらでひとりいぐも」で芥川賞を受賞。2016年に発売になった、94歳の佐藤愛子さんが書いた「九十歳。何がめでたい」は、累計発行部数100万部を超え、2017年の書籍年間ベストセラーとなりました。また、2017年に刊行された、瀬戸内寂聴さんの初めての句集「ひとり」は、女性俳人に贈られる星野立子賞を受賞しています。
一人でも元気に生きる高齢者を描くことが、「老境文学」の一つのテーマかもしれません。
なぜ今、「老境文学」が注目を集めているのでしょうか。それは、超高齢社会において、高齢のロールモデル(お手本となる姿)が求められているからだと考えられます。
人生100年時代が近づく中、80歳、90歳を過ぎてなお、その後の人生を生き抜いていくには、何を生き甲斐にしたらいいのか。誰もその答えを持っていません。
だからこそ、多くの高齢者が一人で力強く生きていく姿を描く「老境文学」にその手がかりを求めているのでしょう。
これまでの文学で、高齢者をテーマにしたものと言えば、まず思い当たるのは「恍惚の人」という方も多いことと思います。これは、1972年に有吉佐和子さんが書き下ろし、194万部でこの年の年間売上げ1位となった大ベストセラー。
当時、「痴呆」と呼ばれていた認知症を持つ高齢者と介護する家族の苦悩を描き、社会に大きな衝撃を与えました。
その後、高齢者が小説の中で主体的に活動する主人公として描かれることは、決して多くありませんでした。
高齢者が主役のドラマも話題に
これは小説に限らず、より「現代」を映すと言われるテレビドラマでも同様。「水戸黄門」などの時代劇以外で、高齢者が主人公になることはほとんどありませんでした。
しかし、それが今変わりつつあります。
2017年には、83歳の脚本家・倉本聰さんが「大人の見るドラマが少ない」と、同世代に向けたドラマを企画。自らテレビ局に売り込んで放送が実現した「やすらぎの郷」が大いに話題を呼びました。
このドラマは、テレビの世界で活躍した人だけが入居できる老人ホームを舞台にしたもの。浅丘ルリ子さんや八千草薫さん、石坂浩二さんなど、往年のスターが数多く出演していました。彼らをよく知る倉本さんが本人をイメージしながら「当て書き」していたことから、業界の内部事情が垣間見られることもあり、視聴者の人気を集めました。
また、俳優陣からも「私も出演したい」という多数のオファーがあったそうです。
有川浩さんの小説「三匹のおっさん」をテレビドラマ化したシリーズも、やはり人気を集めました。
「三匹のおっさん」は、元悪ガキで今は還暦の3人の「おっさん」たちが、町内で悪事に立ち向かう姿を描いた作品です。ドラマでは、北大路欣也さん、泉谷しげるさん、志賀廣太郎さんが「おっさん」たちを演じました。
小説やドラマでの活躍の主体が高齢者であることを歓迎する人たちは、確実に増えてきているのです。
「70代を高齢者と呼ばない」神奈川県大和市
急逝した大杉漣さんが出演していた「バイプレイヤーズ」も、50代~60代の俳優たちを主人公にしたドラマのシリーズです。
大杉さん他、遠藤憲一さん、田口トモロヲさん、松重豊さん、光石研さん、寺島進さんがそれぞれ実名で出演していました(寺島さんはシリーズ1作目のみ出演)。
こちらも、「自分も出演したい」という俳優からのオファーがあったとか。それだけ、高齢期に差し掛かった俳優が主人公となり、イキイキと自分らしく活躍できるドラマは、まだ多くないということかもしれません。
「老境文学」を取り上げた新聞記事は、「本が売れない時代、大きな鉱脈がここにある」と結んでいます。時間にゆとりのある高齢者を楽しませる、そして、生きていく元気と勇気を与えるエンターテインメントが、これからは求められていくのかもしれません。
同時に、まだまだ元気な高齢者が活躍できる場も、もっと開拓されていく必要があるでしょう。
2018年4月、神奈川県大和市は、「70代を高齢者と言わない都市」を宣言しました(*2)。周囲が高齢者扱いしなければ、元気で活躍できる70代、80代は、まだまだたくさんいるはずです。
生涯現役を目指し、生き生きと楽しく日々を過ごし、本人が望む限り活躍できる社会。そんな社会が望まれています。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 女性作家 破竹の老境文学 「ひとり」に前向き、共感(毎日新聞 2018年4月4日)
*2 「70代 高齢者と言いません」 神奈川・大和市が宣言(日本経済新聞 2018年4月11日)