日本人はこの10~20年で若返っている
2017年1月初め、日本老年学会と日本老年医学会が、高齢者の定義を65歳以上から75歳以上に引き上げるべきだと、国に提言しました(*1)。もともと、高齢者が何歳以上かという明確な定義はありません。記事によれば、1956年に国連が報告書で65歳以上の人口を「高齢者人口」としたことから、日本もそれに従ったとのことです。
日本老年学会等では、年齢を重ねることで現れる体の機能の変化が、10~20年前より5~10年ほど遅くなって「若返り」が見られると指摘。
(1)従来の定義による高齢者を、社会の支え手でありモチベーションを持った存在と捉えなおすこと
(2)迫りつつある超高齢社会を明るく活力あるものにすること
以上の2点を目的に、今回の提言を行ったとのことです。
1955年の日本人の平均寿命は、男性が63.60歳、女性が67.75歳。そこから考えれば、65歳以上を高齢者としたのは妥当だと思えますよね。それから60年たった2015年には、男性80.79歳、女性87.05歳と、平均寿命は男性17年、女性は20年も伸びています。
今は、65歳といえばまだ若々しく、高齢者と呼ぶのがはばかられる人の方が多いくらいです。年齢引き上げの提言を肯定的に受け止めた人は、多かったのではないでしょうか。
実際、75歳を境に、病気になりやすさにも差が出るようです。心疾患や脳血管疾患で入院する人の数は、75歳を越えると大幅に増えます。
また、認知症のある人の数も、74歳までは5%にも満たないほどだったのが、75歳を過ぎると急増して約15%に。80歳を過ぎると20%を越えて、その後は5歳年齢が高くなるごとに約20%ずつ増えていき、95歳超では約80%にもなります(*2)。
75歳以上を高齢者として、65~74歳を健康で活力がある「准高齢者」とするという日本老年学会等の提言は、こうした事実も根拠の一つとなっているようです。

*内閣府「平成28年版高齢社会白書」より。グラフは入院の数値をもとに筆者が作成<クリックで拡大>
この提言が社会保障制度変更につながっては困る
高齢者を75歳以上としてとらえること自体は妥当だとしても、この提言が社会保障制度の変更につながらないだろうかと、ちょっと心配になりますよね。社会保障制度の枠組みが変更になれば、老後の生活設計も大きく見直しになるからです。
たとえば、年金制度。年金は、すでに支給開始年齢が段階的に引き上げられ、男性は2025年から、女性は2030年から65歳からの支給になることが決まっています。
年金の支給開始が引き上げられるのに合わせて、企業には65歳までの継続雇用が義務づけられました。しかし、実態としては、定年は60歳のまま。定年廃止や定年年齢の引き上げを行った企業はわずかで、ほとんどが希望すれば65歳まで継続雇用するという対応です。正規社員での継続雇用は少なく、契約社員などに職制が変更され、給与水準は大幅に下がることが多いようです。
この上、定年をさらに延長するから年金の支給開始を75歳にすると言われても、それはちょっと受け入れがたいですよね。
もう一つは、介護保険制度の問題。今は、要介護状態になった原因の病気にかかわらず、介護サービスを使える「第1号被保険者」は、65歳以上です。これが、高齢者が75歳以上なら第1号被保険者も75歳以上にしようなどということになったら、大変です。

*内閣府「平成28年版高齢社会白書」より。グラフは「要介護認定の状況」の数値をもとに筆者が作成<クリックで拡大>
確かに、要介護認定を受けている人の数は、75歳未満と75歳以上では、かなりの違いがあります。しかし、人数は少なくても、要介護状態にある一人ひとりにとって、介護保険のサービスは命綱。サービスが使えなくなったら、生活が成り立たない人はたくさんいます。
1月6日現在では、塩崎厚生労働大臣も、「社会保障制度における定義を見直すことは、企業の雇用確保などの状況も踏まえ、慎重に議論しなければならない」と発言しています(*3)。しかし、膨張が続く社会保障費削減は、財務省の至上命題。この提言をきっかけに、財務省から介護保険の対象年齢を引き上げるなどという提案が出されないよう、願うばかりです。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・臨床心理士・介護福祉ライター)>
*1 「高齢者は75歳から」学会が提言 65~74歳は社会の支え手(日本経済新聞 2017年1月6日)
*2 認知症はじめの一歩(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター)
*3 高齢者定義見直しに慎重=「75歳以上」提言で-塩崎厚労相(時事ドットコム 2017年1月6日)