高齢者虐待防止法が施行されて今年で10年。毎年、虐待の件数が発表されています。2016年2月上旬に発表された2014年度の虐待件数は、家族などの介護者による虐待が約1万5000件(*)。高齢者施設職員による虐待は、毎年増え続け、約300件に達しました。
どのような行為が高齢者虐待に当たるのか
ここで改めて「高齢者虐待」とはどのような行為を指すかを見ておきましょう。
高齢者虐待防止法では、「高齢者虐待」を、介護者や介護施設職員、在宅介護サービス職員が高齢者に対して行う、以下のような行為だと定義しています。
●身体的虐待
高齢者の身体に外傷が生じたり、生じるおそれのある暴行を加えること。
●介護放棄(ネグレクト)
高齢者を衰弱させるほど食事を与えなかったり、長時間放置したりすること。介護者が、自分以外の同居人による虐待行為を放置すること(在宅の場合)。
●心理的虐待
高齢者に対するひどい暴言や、ひどく拒絶的な対応など、高齢者にひどい心理的外傷を与える言動を行うこと。
●性的虐待
高齢者にわいせつな行為をすることや、高齢者にわいせつな行為をさせること。
●経済的虐待
高齢者の財産を不当に処分すること、高齢者から不当に財産上の利益を得ること。
高齢者施設の虐待としてよく耳にするのは、「身体的虐待」と「心理的虐待」です。ケアの過程では、介護職自身は意図していないものの、結果として虐待に近い対応になっている場合もあります。たとえば、車いすからベッドに移すとき、放り出すようにベッドに下ろしたり。洋服を着替えさせるときに強く手を引いたり、といったこと。虐待ではなくても、好ましい介護ではありません。「職員さん」と何度も呼んでいるのにわざと返事をしないなどは、心理的虐待に当たる場合もあります。
こうした好ましくない介護はどんなときに起きるのでしょうか。
一つには、職員のスキルが不足している場合です。適切な介護の仕方がわからないため、誤った方法で介護をしてしまう。スキルが不足していてスムーズに介護できず、急ぎすぎたり、力が入りすぎてしまう。そんな場合です。介護職は、そうならないよう、スキルアップに努める必要があります。
もう一つには、その高齢者とのコミュニケーションがとりにくい場合。認知症や、脳卒中の後遺症などがあって言葉が通じにくく、感情の変化も乏しい高齢者に起こりがちです。そんな高齢者とは、なかなか人間関係をつくりにくいものです。人間関係がつくれないと、「一人の人」として接する気持ちを十分に持てず、つい乱暴に接してしまうことがあるのかもしれません。
要望より先に感謝を伝え、職員との関係作りを
大切な親や配偶者が、こうした好ましくない介護を受けることがないよう、家族にできることは何でしょうか。それは、入居者本人に代わって、家族が施設職員とコミュニケーションをとり、いい人間関係を築くことです。
入居者に頻繁に面会に来る。面会に来るたびに職員をねぎらい、感謝の言葉をかけてくれる。入居者が家族にとってどんなに大切な存在であるか、エピソードを交えて話してくれる。しかし、職員の仕事に差し支えないよう、長く職員を引き留めない――。そんな配慮をしてくれる家族を持つ入居者のことは、職員も家族の思いを受け止め、大切にしたいと思うものです。
大切な親や配偶者を預けていると、どうしても「もっとこうしてほしい」と、職員に要求する気持ちを強く感じてしまいがちです。しかし、人間関係で大切なのは、相手に求めるより先に、自分が相手の望むものを与えること。職員に信頼や感謝を惜しみなく伝えれば、職員からも信頼や感謝を返してもらいやすくなります。不満に思うことがあっても、まずはぐっと飲みこんで人間関係作りを優先。そして、信頼関係を築いてから、少しずつ要望を伝えていく。そのほうが受け入れてもらいやすいことを、施設職員と接するときには心にとめておきたいですね。
<文:宮下公美子 (社会福祉士・介護福祉ライター)>
*介護職員 高齢者虐待2014年度300件 35%急増(毎日新聞2016年2月5日)